第4章:記憶する風 ~3~
空翔は目を閉じたまま、風の残滓に語りかけるように、ひとつ、ひとつの粒子の震えに意識を向ける。
(これは……母親の叫び。これは……誰かが最後に吐いた息)
涙がこぼれそうになった。
それでも空翔は、“読む”ことを止めなかった。
そのときだった。
風が、急に方向を変えた。
止まっていたはずの空気が、まるで生き物のようにうねり、空翔の背後を撫でていく。
ざわり、と微かな音が草木の間を走った。
空翔は目を開けた。その風には、明確な“意思”があった。
──読みに来たのは、お前のほうではないのか?
そんな声が、風の圧に混じっていた。
空翔の背筋が凍る。風が、彼に“読み返してきた”のだ。
「……風が、こちらを読んでいる?」
その瞬間、アオイが声を上げた。「空翔、後ろ──!」
空翔が振り返ると、廃屋の陰から淡く揺れる影が浮かび上がった。風そのものが、記憶の形を持って現れたような、曖昧な輪郭。
それは怒りでも悲しみでもなく、“探している”目をしていた。
空翔は思った。
(風は、まだ誰かを探してる)
誰かが残した、最後の思念。
その空気を、風は抱え、忘れずにいた。
そして今、空翔に“渡そう”としている──。
空翔は、ゆっくりと手を伸ばした。
風の影──記憶の残滓──は、それに応えるように近づいてくる。
その一瞬、空翔の意識が深く沈み込んだ。
──視界が染まる。あの日の、夕暮れのような橙色。
少女の泣き声、扉を叩く音、誰かが叫ぶ「早く逃げろ!」という叫び。
空翔の胸が締めつけられる。
これは、風が覚えていた“最後の情景”──災厄が村を襲った、その瞬間だった。
気流に沿って流れ込む映像の断片、声、音、匂い。
それは現実と区別がつかないほどの密度で彼を包み込む。
(これは、過去じゃない。いま、この風の中に“生きて”いる)
空翔は歯を食いしばった。涙が頬を伝っていた。
「……俺が、読む」




