第4章:記憶する風 ~1~
“読む”という行為には、責任が伴う。
空翔はそう痛感していた。研究所で空気を読み、制御し、守る──その日々は確かに意味があった。だが、それはあくまで安全な密室の中での話だ。彼がかつて“読み損ねた風”は、すでにこの世界のどこかに痕跡を残し、今なお誰かの記憶を運び続けている。
それを確かめるために、彼は外に出た。
政府の調査記録を頼りに、アオイとともに向かったのは「最初の災厄」が観測された村だった。
その道中、空翔はほとんど口を開かなかった。車窓から見える風景には、わずかに変質した空気の揺らぎが感じ取れた。木々の間を抜ける風が、どこか“歪んでいる”──そう、彼の皮膚が教えていた。
空翔とアオイが降り立ったその場所は、かつて人の営みがあったとは思えないほどに静まり返っていた。家々の窓は破れ、建物の影に風の通り道ができている。けれど、その風は“流れていない”のだ。
「……風が、止まってる?」
アオイが囁くように言った。
空翔は無言で一歩、前へと進む。足元の土が乾いている。けれど、どこか粘り気のような空気が肌にまとわりついた。
「空気が……記憶してる」
空翔の目が細められる。
この廃村は、かつて“最初の災厄”が報告された場所だ。空翔が「読み損ねた」と語った過去の現場でもある。
空翔はセンサーマスクを外すと、ゆっくりと息を吸い込んだ。乾いた空気の中に、微かな鉄錆のような匂いが混じっていた。
風が、流れない。けれど確かに“音”がある。かすかな耳鳴り。息の詰まるような沈黙の中、風がないはずの空間が何かを伝えようとしていた。
「ここは、“読まれる”のを待っている」
空翔は地面に膝をつき、指を這わせた。その指先に、温度とは違う“ざらつき”が感じられる。粒子の偏在。誰かがここで息絶え、最後に残した“空気の痕跡”。
周囲の建物はすでに風化が進んでいたが、どこかに当時の空気の「流れ」が閉じ込められている──そう、空翔は直感した。




