大切なもの15
雅和は佐知に合うため病院を訪れていた。受付の前を通りかかった看護士が足を止め声をかけてきた。
「あら誰かと思ったら井川さんじゃないの、お久しぶりね」
「あのせつは色々お世話になりました」
「明日香ちゃんは元気に育っている」
「はい元気すぎて手を焼いています」
「元気は何よりだけどパパは大変よね あっ佐知さんに会いに来たのなら移動になって今は医局のほうに移ったのよ 私が案内しますから付いてきて」
声の主は以前美香の病室で豪快に笑っていたあの看護士だった。このやり取りを見た受付の同僚が佐知の内線電話に手をかけていた。
「さっちゃん、井川さんが来てるよ 婦長がそっちに案内して向かっているから」
「わかった、知らせてくれてありがとう」
ノックされたドアの向こうには緊張した面持ちの雅和が立っていた。
「仕事中悪いと思ったけど黙って居なくなったらまた誰かさん怒るだろう 佐知の顔を見てお礼を言ってから帰ろうと思って寄ったんだ」
「帰るって静岡にこれから、そんな、わたし聞いてないわ」
「俺は伝えようと電話をかけたよ ずっと佐知に電話をかけ続けた聞いて欲しいこともあったから でもいつも繋がらなくて ママの店で話をしていても最近は君にかかってくる電話で話は遮られてしまっただろう この前だって俺と電話の最中も・・こんなこと今までなかったから正直戸惑ったよ」
「ごめんなさい・・」
「謝らないで今日は俺が頭を下げにきたんだから 佐知には明日香ともどもお世話になって感謝している 本当に今日までありがとう お互いこれからもいろんな事があると思うけど頑張ろうな 佐知今まで本当にありがとう」
「明日香ちゃんを連れてまた会いにきて、必ず来るって約束して」
雅和を引き寄せた佐知は自分の小指と雅和の小指を絡めた。ことばもなく見つめあったままの二人は微動だにしなかった。
「おっとこれは失礼」
突然入ってきた秀行は思わず目を伏せ部屋を出ようとして背を見せ方向を変えようとしていた。
「先生此処にいて下さい 秀行先生紹介します 私の友人の井川雅和さんです 実家に戻る前に会いに来てくれたの」
「はじめまして井川です 仕事中にすみません 発つ前に佐知さんにお世話になったお礼を伝えたくて来たのですが忙しいのにすみませんでした」
「そうでしたか 僕はここで医師をしています西條です 佐知さんには僕のサポートをしてもらっています 席をはずしますから遠慮なさらず話していって下さい」
「いいえ僕はもうこれで失礼します 佐知の事これからも宜しくお願いします」
「宜しくと言われても僕は彼女に助けてもらうばかりでお恥ずかしい限りです」
「井川君、気をつけて帰ってね また連絡して今度はちゃんと電話に出るから」
「幸せになれよ これは俺と親父からの願いだ じゃまたな」
佐知は去っていく雅和を追いたかった。つらい別れの時と同じ追いすがりたい気持ちに駆られていた。
「佐知さん話の途中だったんじゃないのか ちゃんとお別れしたほうがいい今なら急げば追いつけるよ」
「秀行さんすみませんそうさせてください」
佐知は、はやる気持ちを抑えられず部屋を飛び出していた。愛の種火が再び燃え上がり佐知の背を押していた。
病院を出た佐知の目に映ったのは走り出した雅和の車だった。
「まさかず明日香ちゃん」
佐知は大きな深呼吸をして部屋に戻った。口角を上げ佐知は無理やり笑顔を作ろうとしていた。
「先生ありがとうございました」
「早かったね 彼と会えた」
「・・はい・・・」
秀行には大体の察しがついた。
その様子だと・・彼と会えなかったようだな
「signora、シニョーラ今夜は僕とイタリアンなんてどうかな」
「・・・・・」
「また振られたか」
「秀行さんはいつも美味しいお店に連れて行ってくれる いつも高級で高そうなお店ばかり私は嬉しいのよ でも私には場違いのように思えてなんだか落ちつかないの 高価な料理を口にするのは何かのご褒美や記念日だったから 秀行さんはファミレスに行ったことある ああいう場所は苦手なの?」
「ファミレスか、学生の時はよく行っていたよ懐かしいな」
「だったら今日はファミレスに連れて行ってくれる」
「よしわかった 今日は君の言う通りにしよう」
今夜は高級なお店の個室で豪華な食事をする気分にはなれなかった。雅和と互いに財布を覗きみながらデートしていた頃を思い出していた。お金はなかったが仲良く分け合って食べたあの頃が懐かしかった。燃えたぎる愛欲・欲情というものを雅和と出会って初めて知った。雅和と明日香に去られた佐知は雅和の肌の温もりが恋しくてたまらなかった




