君を忘れはしない5
「美香ちゃんわかるSIGNPOSTのママよ、あなたの叔母さんよ」
トン・トン・・
田鶴子が扉を開けると乱れた呼吸の雅和が立っていた。
「井川君あなたを待っていたのよ」
「美香さん・・・美香さんの意識は」
「まだ・・でも美香ちゃんが声を・・呻きのような声だったけどいま確かに聞こえたわ」
「う、うぅ・・」
「ほら・・ほら聞こえるでしょ」
「美香さん俺がわかるか しっかりしろ、目を覚ましてくれ美香さん」
「あ・ぁ・あ・うぅ」
「そうだ、まさかずだ・・俺がわかるんだな、側についているから大丈夫 いま赤ちゃんを見てきたよ 元気に生まれてきてくれてよかった美香さんありがとう」
「井川君、美香ちゃんの目をみて」
美香の目から一筋の涙が零れおちていた。
「井川君の言葉・・きっと通じているんだわ」
「君は命がけで赤ちゃんを守った よく頑張ったな美香さん、今度は俺が命に変えても君達を守る、だから早く目を覚ましてくれ元気になるんだ」
「井川君、わたしが今日ここに居るのは真実を話すため、佐知さんが背中を押してくれたから来たの」
「佐知が・・」
「今朝ポストに手紙が入っていたの 佐知さんからだったわ 叔母である私の口から美香さんに真実を告げてほしいと書いてあった」
「・・・・・」
「美香さんに話し聞かせていた時あなたが此処にきた、だから井川君わたしに話の続きをさせて、美香さん聞いてね、私は幼い頃に兄であるあなたのお父さんと離れ離れになった 音信がないまま月日だけが流れもう会えないと諦めていたわ あなたがお店に来てくれなかったら私は兄と再会できなかった 幻だった兄と再会し姪のあなたと出会えた偶然に私は震えたわ 兄は実子の美香ちゃんあなたに会うのをそれは楽しみにしていた 乳飲み子のあなたを満足に抱くこともできなかった兄はあなたの赤ちゃんをこの手に抱ける喜びを嬉しそうに語っていたの その兄は美香ちゃんのお父さんはもうこの世にいない 夢でお父さんに会えたと美香ちゃんがいったあの時に兄はすでに死去していた。兄は美香ちゃんと会う約束を守ろうとして夢に出たのだと思ったわ。許してね、元気なお父さんに会わせてあげられなくてごめんなさい 美香ちゃん写真を持ってきたの 枕元に置いてあるから目を覚ましたら見てちょうだいね 美香ちゃんとお父さんそして私とおばあちゃんの家族写真よ 写真店に頼んでみんな一緒の写真にしてもらったのよ」
雅和は枕もとにあったその写真を手にした。長い歳月消息さえ判らなかった血のつながった家族が笑顔で美香を囲む合成写真だった。
「ママいつこれを、とてもいい写真だ家族揃ってみんないい顔して笑ってる美香さん起きて目を開けて見てごらんお父さん、伯母さんの田鶴子ママもおばあちゃんもみんな美香さんのそばで笑ってるよ」
「ううぅ・・」
「美香さん聞こえるか」
「う、うっ・・」
「俺とママの言葉ちゃんと美香さんに伝わってるよねママ」
「そうだといいわね 美香さんの叔母SIGNPOSTのママよ、わかる」
「ううぅ・・・」
「ほらまた返事をくれた 美香さん頑張れ赤ちゃんと会いたいだろう、会って自分の手で抱くまで負けるな、何が何でも生きるんだ」
美香の目からこぼれた涙は先程とは違う涙に見えた。
「その涙の意味を教えてくれ、生きると約束してくれ返事を返してくれ」
美香の呻きに似た声はぴたりと止んでしまった。
「返事をしてくれ 頷いてくれるだけでもいい、俺は君ともっと話がしたい美香さん聞こえているんだろ起きろ、目を覚まして起きてくれ」
涙をこらえながら雅和は美香の寝顔を撫で続けていた
病室を飛び出した雅和は受付の佐知を遠くから眺めていた。
「さっちゃんあそこに立っているの井川さんじゃない」
柱にもたれている雅和の姿はどこか悲しげだった。
「今日の井川さん疲れているみたい」
「そうね・・・」
「さっちゃん、少しだけなら上手くやるから話をしてきたら」
「ありがとう じゃ少し抜けるけどお願いね」
雅和と佐知は屋上のベンチに座った。黙りこむ雅和に寄り添い発する言葉を待っていた。
「美香さんは自分の定めをどこまで知っているのかな」
「・・・・・」
「万が一美香さんが、そんなこと考えたくないけど俺不安でたまらないよ このまま目を覚まさず旅立つなぜかそんな気がするんだ 俺は美香さんがいたから頑張れた 美香さんのために頑張ってきた それが俺の幸せに繋がっていた それを失くしたら俺は壊れてしまう 俺、恐ろしくておかしくなりそうだ」
「美香さんと子供と三人で温かい家庭を作る、だから美香さんの快復を願っているんでしょう 井川君は後ろばかり向いて余計な事考えるから不安になるのよ 現実からいくら目を逸らしても直視しなければならない時がくる 美香さんの死を回避できるなら私だって何だってするわ、でも出来ない私たちには出来ないのよ 私たちに出来ることは美香さんの命と向き合うそれしか・・美香さんが生きている今を人生を見届けてあげることしか」
「親父の時と同じ俺は病室を飛び出してきた 美香さんから逃げるなんて俺は本当に大馬鹿野郎だ 佐知ごめん俺戻るよ」
「早く行って井川君、美香さんが待っているわ」
病室を早足で出入りする看護士の姿が見えた。ただならぬ様子に雅和は慌てて病室に入っていった。




