君を忘れはしない2
「木内さんわかりますか これからお腹の子を取り出す手術をしますからね 木内さんが待ち望んだ赤ちゃんともうすぐ会えますよ」
橘医師は意識の回復しない美香に優しく語りかけ産科担当の医師を待っていた。
「先生破裂した出血は止まったようですね」
「帝王切開が済み次第オペを」
「オペですか先生それは厳しすぎますよ」
「たとえ成功率1%であっても患者の命を救うのが僕達の使命だ 木内さんのような患者は初めてだった なんとしても子供を見せてやりたい」
手術室から保育器が運び出されていった。赤いランプがついて美香の開頭手術が始まった。不可能といわれる手術に橘は挑んでいた。打つ手のすべもなく手術を終えることもあり得る手術だった。
田鶴子は美香の無事を祈り続けていた。手術の承諾書にサインをした田鶴子の胸中は穏やかではなかった。一つ間違えば命取りになる手術であることはわかっていた。燃える命火が絶えぬよう願わずにいられなかった。
外来の受付付近で事務所のハイミス部長が手ぐすね引いて立っていた。
「佐知さんここで誰を待っていたか、もうおわかりですよね」
「はい大変申し訳なく思っています」
「無断で受付抜け出して貴方は何を考えているの 仕事を舐めてかかっているとしか思えないわね 貴方は受付の仕事を甘く見てるんじゃないの」
「そんなことはありません」
「断りもなく長時間受け付けを離れるなんて非常識ですよ 立場上この前代未聞の出来事に目をつぶるわけにはいかないから受付を離れた理由を説明してちょうだい 皆井さん聞いているの顔を上げなさい」
美香を案じる佐知の目は涙で濡れていた。
「皆井さん・・もういいわ早く持ち場に戻って仕事を始めて」
「本当にすみませんでした」
「まったく最近の子は泣けばすむと思って、これだから今の若い子は扱いにくいのよね」
部長は怪訝そうな顔で捨て台詞を吐き事務所を出て行った。
「さっちゃん大丈夫? 部長は朝からご機嫌斜めだったから気にしないほうがいいよ」
「そうよ佐知さん仕事で挽回しましょう」
「さっちゃん、抜け出す時はうまくやってあげるから私に言って」
「皆さんにも迷惑かけました もう抜け出したりしませんご免なさい」
「皆井さんの笑顔が戻ったところでさぁみなさん仕事に戻りましょう」
同僚、先輩の気遣いがうれしかった 佐知は人の優しさが心に染みるといった美香の気持ちに触れた気がした
術後集中治療室に入った美香の意識は戻らぬままだと帰宅時に聞かされた佐知の気持ちの淀みは晴れなかった。いつもなら気にもとめない時計の音にさえ過敏になって寝付けなかった。針は11時をまわっていた。携帯の音が鳴っていた 今夜は手にする気力さえなかったがあまりにしつこく鳴り続ける携帯に仕方なく佐知は手を伸ばした。
「佐知驚くなよ、佐々木さんが美香さんのお父さんが・・・信じられないよ 俺どうしたらいいのか」
「井川君落ち着いて、大きく深呼吸して分かるように話して」
「佐々木さんが美香さんのお父さんが亡くなっていたんだ」
「亡くなった・・本当なの」
「須藤さんに直接聞いたから間違いないよ 佐々木さんが入院したことはママから聞いて知っていた それでどんな容態なのか聞きたくてさっき電話をかけたんだ」
「ママが入院を知っていたってどういうこと」
「ママは美香さんの叔母さんだった 美香さんのお父さんとママは兄と妹、兄妹なんだ」
「・・・」
「美香さんはお父さんの入院を知らない、俺はそれを隠し通してきた 今となれば話すべきだったと後悔している」
「井川君は美香さんのためにそれが一番の選択だと思ったのでしょう」
「確かに美香さんにつく嘘も愛なんだってママに言われて話さないことにしたよ・・でも自分の思いこみや感情で人の気持ちを図り知る事なんて誰にも出来やしない ママがどんな力を持っていようと美香さんにしかわからない気持ちは絶対にある 俺はそれを無視したんだ」
「・・・・・」
「俺、明日須藤さんに会ってくるよ」
「だめ、だめよ、いま東京なんか行っちゃだめ、東京じゃなくこっちに・・今すぐ美香さんに会いに来てお願いお願いだからそうして早くとにかく早く美香さんに・・早く会ってあげて」
「美香さんの身になにか・・そうなのか佐知」
後書き
次から次と遅い来る哀しみは序曲にすぎなかった 雅和はこれからのいばら道をどう乗り越えていくのか
佐知にも新たな恋の展開がしかしその出会いにも魔の手が伸びる
互いを思いやる二人の今後の展開を楽しみにして下さい




