素顔をみせて3
「病院に来る前に須藤さんに会ってきました ママはいつ佐々木さんのことを」
「ちょっと待って、場所を変えましょう」
談話室に腰をかけた二人はしばし無言だった。
「井川君はもう須藤さんから聞いて知っているでしょうけど私と美香さんのお父さんは兄と妹なの 隠すつもりはなかったのよ 兄と再会した日、兄はわたしに美香さんを見舞うと約束してくれた 美香さんに話そうと思っていた矢先のこの知らせでしょ 気がつけば一睡もせず始発に飛び乗っていたわ」
「美香さんにはお父さんが体調崩して入退院を繰り返している事を知らせていません だから今回の入院も彼女には話さないつもりです ママから電話をもらったとき何故だかお父さんに急いで会わなければと思って俺も眠れないまま居ても立ってもいられなくて電車に飛び乗って来てしまいました」
「井川君ありがとう、兄に成り代わりお礼を言わせてもらうわ」
「それで佐々木さんは」
「告げられた病名は心筋梗塞だったわ手術をしなければいけないらしいの 手術といっても今は切らずに腕から管を入れて治療するから術後の回復は早いそうなの でも主治医には他に気になる箇所があるみたいで手術の前に詳しい検査をしましょうって、何だか私そっちの方が気になって仕方がないの」
「結果が出るまで心配ですね 帰ったらお父さんが入院したこと美香さんには黙っていようと思います 俺どこまで隠し続けられるかわからないけど、嘘や隠し事はいやだけど美香さんにはその方がいいかと・・」
「いいんじゃない、でもそう決めたのなら最後までつき通さないと、ね井川君」
「そう言われると気が重いなぁ」
「それだから井川君は美香さんを不安がらせるのね 確かに嘘や偽りはいけない悪いことだと教えられたわよ でも世の中には嘘や偽りが善に形を変え許されてもいい場合もあると私は思いたいわ」
「うそ偽りを善と結びつけるのはどうかな、俺は違うと思うけど」
「井川君の言うことは間違ってはいないわ そうね世の中のすべての人にそれを当てはめてはいけないわ 嘘、偽りが善となり許されるのは生死の狭間で懸命に命と向き合っている人、そして側で共に戦っている人だけに与えられるもの それなら許されるような気がするでしょう 父にあえるという未来のために気丈に病気と戦っている美香さんにつく井川君の嘘・偽りは与えられてしかるべき許されることだと私は思うの 愛する人を守りたいなら口を噤んで・・辛くても自分がきめたことなら突き通しなさい それも愛の形のひとつよ 後ろめたいだろうけれど井川君は美香さんから目を逸らすことなくいつなんどきも堂々と胸を張っていなさい 美香さんに悟られないようにね」
泊まる覚悟での上京だったが田鶴子に帰るよう促され病院を後にした雅和のその足取りは重かった。
美香さんに俺は嘘を突き通せるのだろうか ママが言う胸を張って堂々としてなんかいられるわけないけれど美香さんの現状を考えれば選択肢はそれしかないのか
始発の電車を待つためホテルに泊まった佐知との一夜、疚しいことなどなかったのだから話せば良かったんだ
雅和は愛する人に隠し事をもつ耐え難い苦しみを覚えていた。




