素顔をみせて2
SIGNPOSTのママ田鶴子はいくら待てども連絡のない兄(美香の父)を案じていた。田鶴子は早朝から妙な胸騒ぎを覚えていた。兄の世話係り・須藤からお店に電話が入ったのはその日の夕刻だった。須藤からの電話は兄の急変を知らせるものだった。
「須藤と申します 沢村田鶴子さんですね」
「須藤さん、いつも兄がお世話になっております 先だっては失礼致しました」
「ご連絡差し上げるのが遅れまして申し訳ございません 今日佐々木様が倒れられて病院に搬送されました」
「兄が、それで兄の様態は」
「主治医の見立てでは心筋梗塞ではないかと、でもご心配いりません 今は落ち着いていらっしゃいます 取り急ぎお伝えしなければと思いお電話致しました」
「ありがとうございます 明朝そちらに向かいますので入院先をこの番号にファックスで流していただけますか」
「妹の田鶴子さんに来ていただけたら佐々木様も心強いでしょう 電話を切りましたら至急地図と住所をお送りします では失礼致します」
お客が途切れると田鶴子は慌しく店を閉め自宅に走り戻った。時計を見上げた田鶴子は肩を落とした。
「最終はだめか、やっぱり今日は無理ね」
田鶴子は雅和の番号に指をかけた。
「井川君、沢村田鶴子です」
「お久しぶりですねママ」
「早速だけど井川君、あにが、あっ、あのね実は、あっごめんなさいね ちょっと喉の調子がおかしくて、えーと実は・・・あれナンの話だったかしら」
「大丈夫ですかママ いつもと違いますね」
「今日は忙し過ぎて疲れているんだわ 仕切り直して本題に入るわね 今日電話したのは美香さんのお父さんの事なの 井川君は美香さんのお父さんが入院したこと耳にしているかしら」
「お父さんが入院したってそれ本当ですか 美香さんと会うのをあんなに楽しみしていたのに」
「知らなかったみたいね」
「美香さんのお父さんの事をどうしてママが・・いったいどこで誰から」
「ごめんなさい、誰か来たみたいなの電話切るわね」
来客なんて嘘だ・・
雅和は一方的に電話を切ったママの嘘を見破っていた。
今夜のママは明らかにおかしい あにがって言ってママは言葉に詰まった あ・に・ってなんなんだ 確かに何か口にした、その言葉をママは打ち消した
翌朝、雅和の手にはボストンバッグが握られていた。事務所の手塚に休暇届けの許可をもらい雅和は早朝電車に飛び乗っていた。
ケアマンションロビーの一角に上京した雅和の姿があった。背筋を伸ばしソファーに腰をかけた須藤は今日も変わらずダンディだった。
「佐々木様が倒れたのは昨日の早朝でした 緊急ブザーが鳴り急いで部屋に駆けつけると佐々木様はベッドに伏して苦しんでおられました それで慌てて救急車を呼び主治医の大学病院に運んでもらった次第です」
「それでいま佐々木さんは」
「今朝お顔を見てきましたが看護士も落ちついているので心配ないと言ってくれました」
「ところで須藤さんは今回のことを誰かに話しましたか」
「はい、真っ先に親族の方にお伝えました」
「親族?美香さん以外身内はもう誰もいないと聞いていますが」
「佐々木様に親族がおいでになるのを知ったのはごく最近です いつだったか娘さんの使いの者と名乗る女性から再三の電話がありまして佐々木様はその方とお会いになりました その女性が帰られるとき佐々木様は珍しく車椅子でロビーに降りてこられその時に紹介されたのが沢村田鶴子さん、佐々木さまの妹さまでした 私が入院の連絡をさし上げたのはその人です」
「・・・・・」
「井川さんは佐々木様の入院を誰からお聞きになったのですか」
「昨日沢村田鶴子さんから電話をもらいました」
「やはりそうでしたか 佐々木様の妹さまなら叔母さんでもあるわけですからね お嬢さんの美香さんにも伝わると思いましたので」
「須藤さん、病院を教えてください」
美香さんのお父さんとSIGNPOSTのママが兄と妹・・ママは美香さんの伯母で美香さんはママの姪 二人は伯母と姪の関係・・
混乱した頭を掻き毟りながら雅和は美香の父のいる病院へ急いだ。
一足先に上京した田鶴子は眠る兄の傍らで回復を祈り続けていた。
トン、トン・・・トントン・・
田鶴子は力なくドアに歩み寄って行った。
「ママ・・」
「・・・井川君」




