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再編 WAKARE  作者: 佳穏
追憶
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好かないジェントルマン

盆休みも終わり佐知は家と仕事場の往復の生活に戻っていた。同僚らの合コンなる飲み会の誘いは相変わらず断っていた。これは雅和と知り合う前からずっと同じ。なのに最近言い寄ってくる男が明らかに増えモテ期がやってきたような気がしていた。


へんなフェロモンでも出しているのかな 危ない危ない隙があるから寄ってくるんだわ


佐知は少女から女にかわる目覚めの時を迎えようとしていた。


コツ・コツ・コツ・・聞きなれた靴音がして受付に立ったのは自称ジャーナリストの柳木沢という男。コンサルトの肩書きを持ち名刺には柳木沢マネージメントと記されてあった。新聞記者を辞め一念発起して司法書士の資格をとり会社を興したと聞いた。勤務している病院長と親しい柳木沢は地元ではちょっとした有名人だった。病院長を訪ねてくると決まって受付にいる佐知にメモ用紙を手渡してきた。毎度お決りの自分の携帯番号と右上がりの癖のある字で書かれたメッセージ


/君が振り向いてくれるまで僕は諦めないよ/


気色悪くて渡されるメモはいつもゴミ箱に千切り捨てていた。土曜日は半日で仕事が終わる。ロッカー室を出た途端、佐知のお腹がグウ・グウ鳴りだした。



「もう一時か、お腹も鳴るわけだ」



従業員の専用口を出ると一台の車がドアの前に横付けされていた。



「ご苦労様 一緒に食事でもどうだね」


窓から顔を出したのは柳木沢だった。妻とは別居中とか離婚したとか数々の噂を耳にしていた。柳木沢は仕事を口実に優雅なホテル住まいをしていた。女の出入りも多く派手な暮らしぶりに芳しくない噂がたえなかった。お抱えの運転手の[又か〕といった顔がバックミラーに写っていた。



「今日は約束がありますから失礼します」



前かがみで佐知は車の横を走り抜けた。



「あんな人に捕まったらどうなるかわかりゃしないわ くわばら、くわばら」


佐知は空腹のおぼつかない足取でファーストフードに駆け込んでいた。二階の席で持参の雑誌を読みながら注文の品を待っていた。テーブルの横で立ち止る男の足先が見えた。



「こんなところで待ち合わせなのか」


声の主はあの柳木沢だった。



「はい、いえ・・あの・・」



小娘の嘘など柳木沢にはすべてお見通しだっだ。



「さあ、僕と美味しい物を食べに行こう」



佐知は柳木沢に腕をつかまれ店をあとにした。車のドアを開けたお抱え運転手の手には佐知が注文した品らしきものが握られていた。運転手は袋に入ったその品を佐知に手渡し車に乗るように促した。



辿りついた先は柳木沢が常宿にしているホテルだった。支配人に手を振り上機嫌な柳木沢と一緒にエレベーターに乗り込んだ。



招かれた部屋には身の回りの物がうず高く雑然と放置されていた。一人やもめの荒れた惨状だった。


なんなの、このきたない部屋は・・


口をついて出そうになった言葉を飲み込みジェントルマン気取りの柳木沢らしくない部屋を見渡した佐知は思わず笑ってしまった。そんな佐知に柳木沢は豪快な笑いを返した。



「あっはは、君の笑顔は実に美しい さあソファーで話ながら食事を待つとしよう」



最上階の部屋からの眺めは始めてみる壮大な景色だった。 



「わあぁ・・すっごぉい」



ガラス窓に化粧の粉跡をいっぱいつけながら佐知は自分が頂点に立った偉い人のような錯覚を覚えた。男の強引さを見せる柳木沢が小心者にさえ思えてきた。柳木沢はソファーの上でフーッと大きく息を吐きだした。



「長く生きれば生きるほど世の中の厳しさは堪えるものだ 若い時はどんな高い壁も乗り越えてきた血を吐くまで喰らいついて頑張った 歳月がすべてを喜びに変えてくれる・そう思いただがむしゃらに働いてきたよ でもそれは僕の独り善がりで思い込みに過ぎなかったと気づかされた 老いて尚つらいとは遣る瀬無いものだな」



陰りを帯びた横顔は病院で見せる印象とは全くの別人だった。病院で垣間見せる高圧的なこの男が苦手だった。目の前の男は伝記に乗る偉大な人物ではないただのおじさんと言い聞かせ気持を落ち着かせた。



「不都合なことや予想外のことが生じる、それも生きている証なのでしょうね」



「そうか生きている、だからつらいか・・そう思えば楽になるのかな」



「気持ちを共有し分かち合える人いらっしゃいますよね 家族とか・・柳木沢さんが弱くなっているのはそういう人がここに、側にいないからではないですか」



「君は僕の痛いところを的確に突いてくるな」



「生意気なこと言って申し訳ありません」



「気にしないでいい、その通りだからね」



いつも偉ぶっている男の弱点を探り見たくなった。



「誰よりも奥様とか家族が一番の理解者で癒しになってくれる筈です。柳木沢さんは家族をお持ちなのになぜ一人ここに、寂しすぎます」



「確かに君の言うとおり寂しすぎるな」



悪い噂ばかりを聞いていた佐知は年長者である柳木沢に敬意をはらうどころか遠慮なしの言葉を投げつけた。



「これまでの生き方が炙り出されているとは思いませんか 柳木沢さんがいま身に染みているつらさはこれまでの生きざまを知らしめ懲らしめようとしているから だったらこれからどうすべきかの答えはおのずと生まれるのではないでしょうか」



柳木沢は佐知を威嚇するかのようにソファーに埋もれた腰を正した




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