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WAKARE  作者: 佳穏
縁は異なもの
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決心4

雅和は多忙になり毎週土日を利用して美香を見舞っていた。佐知の勤務が終わる少し前に入ってきたメールは雅和からだった。



SIGNPOSTで待っている 美香さんの父親の件で話したいことがあるんだ



佐知を待つ雅和はカウンター席にひとり座っていた。



「今日はおひとり」



「彼女そろそろ来るころなんだけど、ママ珈琲お願いします」



「はい、いつものストロングね」



雅和は写真が貼られたボードを物珍しそうに眺めていた。



「ママ、このボード昔もあったっけ」



「あぁこれ、貴方たちが来てた頃からあったわよ 当時は写真もまばらで気に留める人もいなかったのよ 今はこの通り貼る場所もなくてどうしようかと思っているの」



「ほんとすごい数だな」



何気に見上げた目の先に見覚えある顔があった。


「ママ、左上に貼られた写真を見せてもらえますか その黒いジャケットを着た女性」



「知ってる人なの、ちょっとまって はいどうぞ」



どこか寂しげに微笑む写真の女性は美香だった 日付から出張のときに撮ったものとわかった。



「この女性はひとりで此処に」



「えぇ、でも誰かに聞いたとかでこの店を知っていたみたいね」



それきり口を閉ざした雅和はカウンターに伏していた。



「いらっしゃいませ」



「彼女来たから奥の席に移る?」



ママに促され二人はいつもの席に腰をおろした。



「美香さんに会ってから此処にきたの?」



「今日は平日だし俺が来てること知らないから今日は会わないで帰るよ 佐知に頼まれた父親の消息がやっとわかったから話そうと思って」



「見つかったの こんなに早く見つかるなんてすごいわ」



「付き合いのある興信所に協力してもらって見つけ出したんだ 俺一人じゃこうはいかないよ」



「本当にご苦労様でした それでお父さんはどこに?元気にしているの」



「美香さんの父親は生きていたよ 奥さんを数年前に亡くして最近老人専用のケアマンションに移ったそうだ 体の具合が良くないらしくここ数年は入退院の繰り返しらしい 確認の電話をしたときも入院中だと言われたよ 退院したら電話もらうようお願いしてあるけど会う段取りまで漕ぎつけるのはまだ先になりそうだな」



「入院しているのね心配だわ でも生きてらしてよかった、これで美香さんの願いが叶えられるわね」



「あぁこれでなんとか叶えてやれそうだな」



隣の席にコーヒーを運んできたママが二人の前で足を止めた。



「話の途中ごめんなさいね さっきの写真の人、二人のお知り合いのようね」



「俺の恋人です」



「まぁ新旧恋人交えて親しいなんて不思議な三角関係なのね 写真の彼女はいまも忘れられないお客様なの 初めて店に来た時のそれはもう思いつめた寂しげな顔が痛々しくてそれで何かあったら力になるからと名刺に携帯番号を書いて渡したわ あれから彼女のことがずっと気になっていたのよ 今どうしているのかしら彼女元気」



「彼女は入院しています」


ママはか細い小さな声でつぶやいた


やっぱりそうことになったのね・・



「ママ聞きとれなかったからもう一度言って」



「あっご免なさい今のはひとり言だから気にしないで 二人は棒ほど願って針ほど叶うって言葉聞いたことあるでしょ 人生には思うようにはならないことがいっぱいあるわよね でも願えば人生さえも変えられるそう信じて決して諦めないことね あなた達は力を合わせ彼女を未来永劫に背負い続ける運命よ だからあなたたちは」



カラン・カランとドアの開く音が来客を知らせていた。ママは話しを中断させドアの前に立っていた客の方に体をひねった



「いらっしゃいませ ごめんなさいね会話中の邪魔してしまって」



ママはカウンターに戻っていった。



「ママは美香さんの何かを知っているような口ぶりだったわ それに私たちのこともなにか含みを持たせて」



「なんだか薄気味悪いな ほら見て鳥肌たってるよ」



気を取り直し雅和は一枚の写真を佐知に向けてテーブルに置いた。



「これがさっきママが言っていた写真なんだ 店のボードに貼ってあった」



「ここで撮られた写真なの、美香さんいつ此処に?」


  

「出張の時と同じ日付があるから間違いないよ」



「だとしたら美香さんはママと話をしたそれも個人的な・・だからママは美香さんのことあんなに気にかけていたのよ、きっと」



「どんな会話をしたのか気になるな 聞いてみようか?いや止めておこう また鳥肌ものになるのはいやだからな」



「シーッ声が大きいわ そんなこと言ってると出入り禁止にされるわよ」



店を出たあとも二人の会話は途切れることなく続いていた。



「病院を出るとき橘先生が話しているのが聞こえたの 木内さんを説得するのは手術より難しいって」



「医者は美香さんのような患者は迷惑なんだろうな でも手術を受けるのは患者なんだ いくら医者だって患者の意思を無視してまで従わせるのは無理だよ 俺は美香さんの気持ちを尊重したい」



「患者の美香さんは自分の命に換えても子供を産もうとしている一方で子供は諦めさせ母体を救おうとする医師がいる 難しい選択だけどどちらも正しいのかもしれない」



「あれから俺と美香さんは幾度も話し合ってきた 俺は自分の気持ちを訴え続けた【美香さんが今一番にすることは身を削って子供を産むことじゃない自分の病気と戦うことだ だから命を永らえる事に懸けてほしい】と、でも美香さんの決意は固かった【人の命の尊厳は長短ではない、使命を全うして自分らしく生きたなら命の長短など問題ではない】そう彼女は言いきって そしてこうも言った【自分の意思を貫き全うしたい そうさせてほしい これが最後、わたしの人生の締め括りだから協力してほしい】と俺は納得なんて出来なかったけど美香さんいい終えてボロボロ涙こぼして泣いたんだ 決して涙を見せない彼女が流した涙はすべてを物語っているような気がした。俺は・・納得せざる得なかった」



「美香さんの気持ちを汲んで井川君も同意したのね」



「賛成したわけじゃないけど同じ労力を使うなら泣かれるより喜んでもらうことに使いたいと思ったんだ」



「だったら橘先生とのバトルも覚悟しないとね」



「戦闘開始か、これからだな大変なのは」



「まだ始まったばかり負けないで」



「あぁ俺も戦うよ、じゃあ明日も早くから仕事だから急いで帰るよ 俺が戻るまで美香さんをよろしく頼みます」



大好きだったその背中は佐知の目には昔より大きく逞しく映っていた。



 

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