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WAKARE  作者: 佳穏
別れたふたりの関係
46/192

昔の恋人は3

うつ向いたままの佐知にやはり話すべきではなかったと雅和は後悔した。二人は言葉を失っていた。



「おれ余計なことを・・すまない」



「いいの、私が実母の事を知ったのはつい最近なの 施設が取り壊される事を聞いて施設に行ったその時に」



「そこで子供の存在も知ったのか」



「えぇそうよ 母が残した遺品の中に手紙があったの 手紙は箱の底を二重にして隠してあったから誰にも知られたくない手紙だったのね 私はその手紙の宛名をみて驚いたわ だって実母と私は同じ苗字の人と出会っていたんだものこんな偶然があるって信じられなかった いまあなたのお父さんと実母が恋人だったそれを聞いてわかったの 私ね手紙の柳木沢という人がどうしても他人とは思えなかった 実母が愛した見たことのないその人がなぜだか雅和のお父さんと重なっていたの 柳木沢和人様と書いてあった人が雅和あなたのお父さんだとわかって嬉しいの 実母が愛した人が雅和のお父さんなら私が柳木沢さんに出会い惹かれたのも不思議なことじゃないわ 一度だけ柳木沢さんがぼくには生涯忘れられない愛した女性がいると話してくれた事があったの まさかその女性が実母だったなんて いま思えばだから柳木沢さんは愛した実母に似た私の我が儘を聞いていつも会ってくれたのね」



「佐知もうひとつだけ聞きにくいんだけど気を悪くしないで聞いて、子供が出来た君のお母さんは親父との関係をどうしようと思っていたのかな 君は親父の子供じゃないよね」



「私は事故で亡くなった両親の正真正銘の子供よ」



「だったら教えてくれ 親父と君の母親の間に出来た子供は」



「母の手紙に書いてあったわ あなたのお父さん柳木沢さんが出張で近くに来たときに母は電話で呼び出され再会した その時の柳木沢さんへの溢れる思いが綴ってあったわ 再会した二人は関係を持ったそして子供が出来た 母は一人で育てる覚悟だったから柳木沢さんには何も告げず一人で男の子を出産したの 名前は柳木沢和人の和、由里子の由で『和由』」



「和由、親父の一字が入ってるんだな俺と同じだ」



「和由兄さんは実母の実家の墓に祭られているわ」



「・・・・・」



「あなたの父柳木沢さんと実母の子供はすでに亡くなっていたわ 和由というひとはもう存在しないのよ でも和由兄さんは雅和と私にとって忘れてはいけない大切な人だわ」



「・・・・・」



「実母を母を許してあげて 私は女だから母の気持ちがわかるの」



「許すとか許さないとかそういう事じゃないよ 俺は親父の子供が佐知なのかそれが知りたかった いま俺は親父の子が佐知でないとわかってほっとしてるんだ」



「私も兄妹でなくてよかった もし兄妹なら思い出がめちゃめちゃになっていたわ」



「俺一人っ子だから腹違いでも和由兄さんと会ってみたかったな」



「だめそんなこと絶対だめ 和由兄さんには悪いけど兄さんが存在していたら実母は父と結婚しなかっただろうし私は生まれなかった雅和にも会えなかったわ それでもあなたは死んだ兄さんと会いたかった」



「そんなこじつけを真顔で聞かれても困るな 俺は思ったこと口にしただけだから」



「ごめんなさい そんなこと聞く私の方がどうかしてるわね」



「今日は会えてよかったよ 君にこの話をすべきか気が重くてずっと悩んでいた、そんなとき美香さんが言ったんだ 佐知には親を知る権利があるそれで苦しむことになっても佐知の人生は意義深いものになるって背中を押してくれたんだ」



「美香さんがそんなことを・・実母のことを知ったとき確かに落ち込んだわ でも真実を知ってこれが美香さんの言う歩みに繋がるならしっかり受け止めるつもりよ」



「苦しみや悲しみが人生に付きまとうのはなぜなんだろうね」



「何かを気づかせる為じゃない、そんな気がする 苦しみから解き放されようとすればいやでもその苦しみと向き合うことになるわ だけどそれは結局自分を知ることに繋がるような気がするの」



「人は巡って結び結ばれて生きてるんだな 人生って生きていれば不思議な出会いが一杯あって面白いもんだな」



「電車の時間は・・大丈夫なの」



「あっそうだな、そろそろ出ようか」



ママがドアを開け見送ってくれた。



「お店の名前の意味は知ってのとおり道標・道しるべ 岐路に立ったときや困った時はここを思い出してまた寄って頂戴 私の生きているうちに必ずまた顔を見せに来てね約束よ」



二人の微笑ましい関係をずっと見続けてきたママには未来が見えていた。ママは未来を予知する占い師というもうひとつの顔を持っていた。常連客だけが知るママの裏の顔が二人の未来を見据えていた



あの二人の絆は千切れない糸で繋がれているのね 二人はこれから試練の道を歩んでいく 辛く厳しい道のりを乗り越えたどり着いた場所にふたりが探し求める幸せが待っているわ 負けないで頑張りなさい 



「私バスで帰ります だからここで」



「そうか、じゃ・・」



また会おうと言いかけた雅和は言葉を詰まらせた。


また会う?真相が解けたいま何のためまた会う必要がある・・



「久しぶりの再会であなたと話せて夢みたいだった もう会えないと思っていたから嬉しかったわ」



「佐知、今日は本当にありがとう」



「こちらこそ じゃお元気で」



「あぁじゃ・・」



また会おうの言葉を雅和は再び飲み込んでいた。背を向け歩き出した二人の思いは同じだった。佐知はあえて時間のかかるバスで帰宅する事を選んだ 駅で一緒の時間が延びればそれだけ別れもつらくなると思った。ペンダントの件以来佐知はくすぶり続ける雅和への未練を消すことは出来なかった。



雅和の傍にもう少しいたかった 離れたくなかった 今夜だけでも寄り添っていたかった そんなことできるわけないそんなことわかってる・・


拭いても拭いても涙が頬を伝っていた。


もう涙は涸れたはずなのに・・


新たな涙の泉が佐知の目から溢れ出していた。



駅に向う雅和は突然足を止めた。



「やっぱりこのままじゃ帰れない」



雅和は来た道を走り出していた。



乗車した人もまばらなバスは佐知の悲しみをさらに誘発していた。前の客のあまりの酒臭さに耐え切れず席を立った。後ろ座席に移動しようと体の向きを変えたときだった。後部窓にバスを追いかける黒い人影らしきものが見えた。全力で走る苦しげな顔が対向車のライトで一瞬映し出された。



「まさかあれは雅和・・運転手さん止めてください 今すぐ降ろしてくださいお願いします 停めてください」



「お客さんそれは無理です 次まで我慢してください」



「どうしても降りたいんです 気持ちがわるくて苦しいんです」



涙で腫らした目と荒い呼吸をしている佐知の悲しげな顔は病人の様だった



「大丈夫ですか?顔色わるいしほんと苦しそうだね」



すぐ先の信号が赤に変わると運転手はドアを開けてくれた。



「お大事に 足元と周りに気をつけて降りてください」



佐知は運転手に深く頭を下げバスとは反対方向の黄昏ゆく道を走り出していた。



二人はひたすら走り続けていた。消え行くバスに雅和の心は萎えたがあきらめたくなかった。暗やみの先に追いかけたバスが突然に視界に入った。



走り追いかける俺の姿を見つけたら、佐知はかならずバスを降りる



雅和は最後の力をふり絞り走り続けた。



雅和はもうひき返したかも知れない ならどんなに頑張って走っても雅和には会えないわ



暗がりを走る佐知の心は揺れていた。それでも会いたい一心で痛む足を堪えて走り続けた。黒い人影が目に入るとどちらからともなく名前を叫んでいた



佐知は駆けてきた雅和におもわず抱きついていた。ハァ・ハァ・・雅和の荒い息遣いと鼓動が佐知の体に伝わってきた。体を離し二人は無言のまま見つめあった。



「俺このままじゃ帰れなくて、佐知に言い忘れた言葉を伝えたくて追いかけてきたんだ」



「・・・・・」



「俺は佐知とこうして会えた縁を大切にしたいんだ だから又会おう佐知」



封印したはずの雅和への思いが溢れ出していた。



「うん、ありがとう また会いましょうね 約束よ」



「ああ、また会おう佐知」



どちらからともなく手を絡め歩き出していた。言葉はいらなかった。あの頃と同じだった。二人の背後に危ない匂いが立ち込めていた。



歩き続けた二人がたどり着いた先はホテルだった。家路に帰る最終の電車もバスもすでに発車し二人は近くにあったホテルで始発を待つことにした。



「駅に向う道すがら君のことばかり考えていた 君と話していたら昔のあの頃に戻ったような気がして嬉しかったよ」



「私ももっといっぱい話しをしたかったなって・・・あなたのことばかり考えていたの」



二人は疲れた体をベッドに預け天井を仰ぎ見ていた。微かに触れ合う懐かしい体の温もりに互いの愛の記憶が蘇っていた。佐知は自分を見失うほど雅和を愛した日々が懐かしかった。雅和が乗る電車を待つ駅で腕と腕が触れるたび泣き出しそうになった最後の別れ、雅和が去ったプラットホームで人目もはばからずしゃくりあげて泣いた記憶さえ懐かしかった。泣いて縋ってでも愛を取り戻したかったあの日、雅和はもう私との愛を葬り去っていた 優しさの一欠けらもなく去って行ったその背中はとても小さく見えた。



切ない別れの記憶を辿る佐知は今こうして雅和といる事が夢のようだった。しかし何故か狂おしく求めた以前のような激情はわかなかった。



こうしていられるのなら何もいらない これ以上欲張って望んだりしたら何もかも消えてしまいそうで怖い 私は何も望まない、別れた雅和に私はなにも望んじゃいけないの 雅和には美香さんという大切な人がいるのだから・・



燃え盛る体はまっすぐな心に鎮められ鎮火していた。自然に握り合った手は次第に汗ばんで解けそうになった。その手を雅和はギュッと掴みなおした。



この手はもう離さない あのとき俺がこの手を離さなければ俺と佐知は・・いま手を伸ばさなくても触れ合える距離に・・此処に昔の恋人佐知がいる



雅和は今すぐ昔のように佐知を抱きしめたかった。この腕の中で溶けてゆく姿をもう一度見たいと思った 愛おしさは昔と同じだったが雅和も佐知同様何かが違うと感じていた。がむしゃらにむさぼるような愛は姿を消していた。しかし伝わってくる互いの温もりは二人に安らぎを運んでくれた。体を重ね合うこともなく時だけが刻々と流れていた。ただ静かに二人はベッドに並んで寄り添っていた。



「雅和、変なこと聞いてもいい」



「変なこと?」



「軽蔑しないで聞いてね 私この部屋で雅和と二人になって昔と同じ気持ちになった 雅和に抱きしめて欲しい雅和がほしいって昔のように抱いてって叫びたくなったわ でもそんな衝動がもう一つの気持ちに宥められていたの ずっと願っていた夢のような再会だけど・・ただこうして近くにいられるそれだけで私はもう十分幸せ、こうしてあなたの隣にいるだけなのに昔雅和に抱かれた時のように体は充たされていたの 火照った体は昔のとは違うって分かったわ 雅和はわたしが欲しい・抱きたいと思った」



「・・・・・」



「美香さんのこと考えているのね」



「美香さんは関係ない 俺はいま佐知だけを見ている 今夜君に心を奪われ 昔に引き戻された俺は君と別れ難くなっていた 俺は男だから求める欲求は君以上だった だけど佐知が話してくれた気持ちが分る俺も同じだから 手を絡め佐知と枕を並べもうそれだけで俺は満足だった この手に抱きしめられなくても肌を合わせられなくても俺も充たされた うまく表現できないけど昔よりもつながりは確かなものに変化している 愛とかそんな感情とは別の、人の根源に溯るというか・・ごめん上手く説明できそうにない」



「雅和の言いたいこと分るわ 感じていることは二人とも一緒、男と女を超えた何か新たな感情が生まれている」



「佐知、俺達は男女の愛を超越した そう思わないか」



「今夜雅和と引き合わせてくれたのは和由兄さんきっとそうよ 雅和と私それぞれが幸せに繋がる自分の正しい道を歩めるように再会させてくれたのね」



「俺も佐知も今は昔とは違うんだって気づかせてくれた わかっていたけど俺と佐知は昔には戻れないってあらためて教えてくれた」



「だから雅和を欲しがった体に心がセーブをかけた 再燃した思いに体は疼いても心までは伝わらなかった。心がないならそれを愛とは呼べないわ 悲しいけどこれが現実なのね」



涙は見せまいと佐知は顔をふせた


雅和は佐知の顎を指先でそっと持ち上げ唇を重ねた。恋人だった頃とは違うその懐かしい唇の感触はほんの数秒だった。 



「昔の愛は俺と佐知にはもう必要ない俺達の愛は本当の意味で今夜終わったそしてその愛は一生切れない絆に変わった、俺はそう思いたい」



見えない兄・和由が繋いだ雅和と佐知の新たな縁が今夜結ばれた。同時に佐知と雅和そして雅和の子を妊娠した美香、三人の奇妙な関係の幕が上がった



昔の恋人二人の愛の残り火は鎮火したが見えないあらたな火種が燻り始めようとしていた。



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