出会い3
一緒に歩き出した二人が会話を始めたのはぎこちない歩調が軽快なリズムを奏でだした頃だった。
「俺は井川雅和、大学生 真砂子の彼龍一の事は知ってるよね あいつとは中学からの遊び仲間なんだ」
「私は皆井佐知、病院で受付の仕事をしています」
「君は俺たちとはどこか違う 俺達みんな学生だからいつもあんな調子なんだ 東京でもあんなふうに飲んで騒いでバカやってるよ」
「私にはみんな違う世界の人みたいに見えたわ」
「俺もそのひとり?」
「はい、いえ・・今は大丈夫です」
「ありがとう、ほっとしたよ」
隣にいる男は真砂子の彼のようなとびきりのいい男ではなかったが佐知には父に似て誠実そうな男に見えた。なぜだか分からないが昔どこかで会ったような懐かしさを感じていた。タイプの男性ではなかったが佐知の平凡な毎日にピリ辛の興味をそそる出会いが齎された。二人してどれくらい歩き続けたのだろう 突然男の口からでた言葉に佐知は足をとめた。
「今夜、君とこのまま一緒にいたい」
佐知は込み上げる怒りをこらえ拳をにぎっていた。つい今しがた感じた思いは何だったの この男のどこが誠実だっていうの
ガシャンと箍が外れた。
「私のことそんなふうに見ていたの 馬鹿にしないで」
「ちがうよ、誤解しないでくれ 君と歩いていたら何故だかわからないけど気持ちが安らいで・・俺は君の前では素顔のままでいられるってそう思ってこんな気持ちはじめてで・・君とこうしている事を単なる偶然だなんて思いたくなくて・・別れがたくてこのまま一緒にいたいと・・だからもう少し、少しでいいんだ君といたいんだ お願いします だめかな」
困った顔をしながら頭を下げる男の表情に偽りの曇りはなかった。
「分かったからもう頭をあげて」
「俺の誤解は晴れた」
「はい」
「じゃ、あのバス停の椅子に座ってもう少しだけ」
「もう遅いから少しだけね」
ありがとうと言った男の笑顔はとびきりの笑顔だった。
タイプではないけど・・嫌いじゃないかも
バス停の長椅子に座るとおろし立ての靴で擦れた佐知の踵はジクジク疼きだしていた。男は腰をかけると両手を天に向けて大きく深呼吸した。
「気持ちいいなあ 東京でこんなふうに夜空を見ることないのは何故なんだろうね 東京のネオンの下でいい加減な自分の姿が嫌というほど照らし出されて、このままじゃだめだってわかってるのに、それでも酒を煽って誤魔化そうとする自分がいる 俺はそんな自分を直視できずそれどころか必死になって隠そうと強がってるんだ いまだに俺は東京の生活には馴染めない、背伸びして粋がってみたって都会に馴染めない俺は酸素不足の水槽にいる金魚と同じなんだ」
「テレビや雑誌で知る東京は危険と魅力が入り混じる不思議な巨大都市、私には人を飲み込んでしまいそうな別世界に見える そこで生活しているあなたはそれだけですごいと思う」
「君は面白い事言うんだね 確かに東京は楽しい事を探求するには飽くことのない欲望を満たしてくれる場所かもしれない でも人はそれだけでは生きられないよ どこで生きていても煩悩からは逃れられないけれど、苦しみや悲しみと向きあう時、東京での生活はそれが2倍3倍にもなって襲ってくるんだ」
「それは家族と離れて一人で生活しているからでしょう」
「いやちがうんだな 東京って処は悲しみや淋しさを増幅させてしまう不思議なエネルギーを発してくる巨大都市なんだ」
「夜も昼もない、大勢の人で賑わう東京が悲しみを大きくするなんて」
「君は賑やかな場所から一人になった時の自分と向き合った事ある?」
「楽しい時間のあとは少しセンチになるけど」
「弱ければ弱いほど人は賑やかな場所に自分を置こうとするんだよね でも一人になる時間は必ずくる それに耐えられずまた人のいる場所を求めてしまう 俺はいつもその繰り返しだった このままでは駄目だって事はわかってるんだ 自分を変えなきゃ俺の生活はこれから先なんも変わらないってね」
「わかっていても出来ない・・そんな正直で素直な気持ちわたし好きだな そんな時は自分と対峙することも大切よね たまには一人になって静けさに身を投じてしまうのも一つの手かも知れないわ」
「俺いまそんな気分なんだ こうして夜空を見上げていると、いや逆に夜空が俺を見下ろしているのかな お前は何をしている何を求めて東京にいるんだって問われてる気がする 合コンして女と寝たところでそれは弱さゆえの意味のない行為なんだってわかっているよ そんな事を繰り返したって心は何ひとつ満たされないって事もね」
佐知は耳を塞ぎ頭を振った。