こんな偶然が・・2
ハンドルを握る雅和の手はやけに汗ばんでいた。電話で佐知が言った「手紙読んでくれた」あの言葉が頭から離れなかった。
俺は嘘をついた。手紙を読んで捨てた、なぜそんな嘘を。あの手紙は処分出来ず封も切らずにまだ手元にあるのに・・
雅和は約束していた美香のマンションではなく急遽自宅に戻った。自室のクロゼットに眠ったままの帆布のバッグを取り出していた。ホテルでプラットホームでこの帆布のかばんは二人の別れの場所に同席した見届け人だった。そのバックは二度と手にすることなくクロゼットに押し込まれていた。雅和はその黄ばんだバッグの中から忘れ置かれた手紙を掴みとった。開くことも目にすることもないと思っていた手紙の封を雅和は開けた。予期せぬ佐知からの突然の電話で手にすることも封を開けることもなかったであろう過去からの手紙に雅和は動揺していた。
かつての恋人佐知から渡された手紙を開けた雅和は駅で待ち伏せしていた佐知の寂しげな姿やいまにも泣き出しそうな顔を思いだしていた。
井川君へ
佐知から雅和へ最後の手紙です。私達が出会った夏の日を覚えていますか。あの夜二人で見上げた星空はとてもきれいでしたね。あの夜、恋の女神が降りてきて私はあなたと恋に落ちた。今更こんな手紙見たくないと破り捨てられるのを承知で書いています。今の雅和には楽しかった日々さえ忘れてしまいたい過去のものなのでしょう でも私は忘れません。あなたに会えた夏の日二人を照らしてくれた星空、そしてあなた。雅和の真剣な思いは痛いほど伝わっていました。あなたは偽りのない大きな愛で私を包んでくれました。ホテルで雅和が言いはなった言葉覚えていますか。今日の佐知は最低だ これが未だに消えず鮮明に残っている雅和の最後の言葉。あなたが言ったように私は本当に最低でした。今になって雅和の真実の愛の大きさを知り戻りたいもう一度愛されていたあの日に戻りたいと思う私は本当に最低な人間です。真砂子からも苦言されました。佐知の真実がなんであろうと別れた雅和にはもう何も伝わらないと。それでも私は伝えたい、雅和に伝えずにはいられないのです。
ホテルで言えなかった言葉を今となっては遅いけれど書き記し伝えさせてください。
佐知は今も雅和あなたのことを愛しています。振り返ると感謝の気持ちばかり、憎しみや恨み言のひとつくらいあってもいいのに思い出すのは楽し日々ばかり大切に愛された記憶ばかり、私は本当に愛されていたのだと涙が零れました。生まれて初めて心振るわせる大粒の涙を流しています。これは人を愛する慈しみの涙、あなたがくれた愛への感謝の涙です。
幸せな時間をありがとう。あなたと過ごした日々を私は忘れません。涙で言えなかったさようならをいま笑顔でここで、さようなら雅和
雅和は駅でこの手紙を受け取った。佐知の手紙に書いてあったように雅和は破り捨ててしまおうと思ったが出来なかった。未練だったのか心底愛した佐知からの手紙は今も雅和の手の届くところで眠っていた。突然の佐知からの電話に雅和は動揺した。佐知その名前その懐かしい響きに雅和はぶり返す感情を振り払おうとしていた。
佐知の実母は親父(柳木沢)の恋人だった。その恋人は親父の子を生んでいた。佐知がその子供なら俺とは義兄妹ということになる
真相をつかめていない雅和は迷っていた。佐知と会って話をするべきか。何も知らず幸せに暮らしているのなら話すべきではないのではと頭を悩ませていた雅和は突然襲ってきた昔の感情に胸が苦しくなった。
こんなに苦しいのはなぜなんだ なぜこんなに切ない 過去を穿り回し佐知と繋がりを持つのは止めた方がいいのかもしれない 俺には美香さんという大切な女性がいる なのに俺は・・もしかして
いやそんなことはない絶対ない 俺は親父の過去を真相を知りたいだけだ 何を動揺している昔を振り返るのはやめろ、もうやめるんだ
雅和の心は二人の女の狭間で揺れ動いていた。そのとき母の声がした。
「洗濯物持ってきたわ、入るわよ」
雅和は慌ててカバンに手紙を押し込んだ。
「夕食は要らないって言ったから何も用意してないのよ 確か冷凍しておいたビーフシチュウが、あっフランスパンがあるからガーリックトーストにして、ロメインレタスをシーザーサラダにしましょうね すぐ支度できるから早く下にいらっしゃい」
「うん、母さんありがとう」
慌てた雅和は佐知の手紙を会社のカバンに入れたことを忘れていた。元通り帆布のバッグに戻し眠らせて置けばよかった手紙は眠りから覚めた。これを発端に終わった過去の愛は風向きを変えて雅和の前に再び姿を見せた




