こんな偶然が・・
仕事帰りの佐知はジャケットを受け取りにクリーニング店に立ち寄っていた。価格競争で生き残りを賭けるクリーニング店が軒を連ねる商店街。そんな中で職人技の手作業にこだわり頑張っているのがこのお店。確かに値段は格段に高く佐知には正直痛い出費だった。それでも長年家族でお世話になったこのお店を換える事は出来なかった。
「さっちゃん、これポケットに入っていたよ」
仕上がったジャケットと一緒に白い封を手渡された。袋を覗くとペンダントが入っていた。
あっ、あの時のペンダント・・
院長と上京した時に病院のエレベーターで拾ったペンダントだった。慌しく急かされるように院長と帰路に着いた佐知はすっかり忘れていた。自宅に戻り手にしたペンダントを高く翳して揺らしていた。
「あの時、ジャケット裏側のポケットに入れたまま病院のインフォメーションに届け忘れたペンダントだわ」
ユラユラ揺れるペンダントを見ていてふとあることに気がついた。
「これはロケットペンダント?もしこの中に何か入っていたら落とし主の手がかりがわかるかも」
爪を立て慎重に中を開けてみた。
まさか・・こんなことが
思いもかけぬ展開に佐知は血が失せてゆくようだった。そのペンダントの中には丸く切り取られた人物写真が入っていた。それはとてつもなく小さな写真で判別不能かと思われた。しかし佐知にはすぐにわかった・・雅和・・
頭が真っ白になり手にしたペンダントが滑り落ちた。拾い上げたペンダントの側に飛び出した写真が落ちていた。その写真を拾い上げたその時また衝撃が走った。写真の後ろに女性の写真が重なり合うように貼られてあった。
「この女性は確か病院で会ったあの人、エレベーターでぶつかったあの人だわ」
ロケットを閉じる指先の震えが止まらなかった。雅和との愛おしい遠い日々を思いながら現実と向き合っていた。
「雅和にはもう新しい恋人ができたのね その恋人が病院で出会ったあの人なら感じのいいあの女性なら二人はお似合いのカップルだわ」
涙の泉はとうに枯れ果て佐知の目から涙が零れ落ちることはなかった。ただ恋する乙女のように雅和との昔を懐かしんでいた。
「雅和・・わたしが愛した人」
雅和への想いが洪水のように溢れ出していた。このペンダントが齎す再会は神様からの贈り物それとも悪戯なのか二人には遠い過去を嫌でも思い出さざる得ない出来事の幕開けだった。佐知は雅和のことを聞くなら真砂子が適任だとメールを送った。
/真砂子お久しぶり また教えて欲しいことがあるの 雅和の会社の名前、真砂子なら知っているかなと思って 時間のある時で構わないわ お願いします 佐知/
メールは送ったもののなしのつぶてだった。毎度の待てども来ない返答に諦めの色を濃くしていた。そんな真砂子からのメールが届いたのは10日先だった。
/は~い佐知、元気にしてますか.お尋ねの会社名は井川パートナーズです/
真砂子らしい簡潔で詮索なし要件のみのメールが嬉しかった。佐知はすぐさま電話案内で電話番号を調べようとしたが迷い始めた。
今更わたしは何をしたいの 雅和には恋人がいるのよ だからそんなもの捨てなさい・・
心の声は間違っていないわかってはいるが雅和と又話せるこのチャンスを逃がしたくなかった。もう一度だけ雅和の声が聞きたいそれは正直な気持ちだった。そして今更電話なんてすべきじゃないけどこのペンダントを持ち主に返したい雅和の大切な彼女に戻してあげたいどちらも佐知の偽りない気持ちだった。
落し物を持ち主に返すために電話するそれだけの事 もう過去には戻れない過去の思い出に続きなんて有りっこない 壊れた愛を繕うなんて出来ないんだもの
翌日佐知は高鳴る胸を抑え電話をかけていた。
「皆井と申しますが井川雅和さんはいらっしゃいますか」
「たった今事務所を出られたんですが・・あっちょっと待ってくださいね」
パタパタ走る音が聞こえていた。
「雅和さ~ん お電話入ってますがかけ直してもらいましょうか」
「戻るからそのまま待ってもらって」
「もしもし今戻ってきますからお待ちください」
待ち受けのメロディーが流れきこえた。雅和が好きだった曲だった。聞き入ろうとした時それはピタッと止んだ。思い出に浸ることさえ拒絶するかのようで佐知は悲しかった。
「お待たせしました 井川です」
さっきの電話のメロディー 思い出したあれはボクラノキセキだわ…
「もしもし、番号間違えてませんか」
「あっすみません皆井です、皆井佐知です 突然の電話すみません」
「さち、君なのか・・ほんと突然だね」
「お仕事中ごめんなさい 落し物のペンダントの中にあなたの写真が入っていてそれで落とし主の手がかりがわかればと電話しました」
「ペンダントって黄金色の」
「えぇ金色のロケットペンダントです」
「それ間違いなく美香さんのだ」
「美香さんってペンダントに入っていた写真の人ですね」
「あぁ…」
「私その人みかさんを東京の病院でお見かけしました」
「美香さんを君が」
「わたし病院のエレベーターで出会い頭、美香さんを突き飛ばしてしまって」
「そう言うことか、彼女は柔な女じゃないから平気って笑っていただろ」
「えぇ笑いながらそんなに謝らないでって気遣ってくれました 彼女なにか話していましたか」
「いいや彼女からは何も聞いてないよ でも大抵のことはわかるんだ彼女のことはね やっぱり笑ってたか、彼女らしいや」
美香という女性の話になった途端雅和の声は弾んだ。彼女は恋人で雅和の大切な人だと確信した。彼女の事はわかるんだと言いきった雅和の声は佐知の耳には彼女への愛のメロディーのように聞こえていた。
わたしも雅和のこと何だってわかったわ 今のあなたが美香さんを愛しているように私も雅和あなたを愛していたから
遠い昔が蘇っていた。
「ペンダントの送付先は会社でいいですか」
「そうしてもらえると助かるよ ペンダント失くしてしょげていたから彼女喜ぶよ 住所を言うから控えてくれるかな住所は××」
「近日中に送りますね 彼女に渡してください」
「君の手を煩わせることになって申し訳ないけど宜しく頼みます じゃ仕事があるから」
「まって・・電話を切らないで」
「・・・・」
「最後にひとつだけ答えて欲しいの。私の手紙・・最後の手紙を読んでくれたのかそれだけ教えてください」
「手紙は…あの日電車の中で読んで捨てた」
「そう読んでくれたのねありがとう 美香さんにあの時はごめんなさいって伝えて下さい 美香さんって感じのいい竹を割ったような人ですね お似合いのカップルです」
「なんだか照れくさいな でもありがとう美香さんに伝えておくよ ペンダントは着払いでいいからお願いします」
「わかりました」
会話は事務的で期待とは裏腹に空しさだけが残る後味の悪い結末だった。愛が消滅した今かつて愛した雅和はただの男雅和にとって佐知も又ただの女になっていた。




