もう一度2
雅和は来る日も来る日もこの手にもう一度抱き締めたいと佐知への思いを募らせ身を焦がしていた。
「お前も僕と同じだ」
父の言葉が今夜も胸に突き刺さっていた。
雅和は仲間と龍一の部屋に集まっていた。
「龍一、俺はつくづく自分が嫌いになったよ」
「自分を好きだなんて言ってる奴は知らないけど雅和みたいにキライだって言う奴は回りにいるよ」
「俺は愛する人を傷つけた あのとき俺は自分の事しか考えられなくて彼女を傷つけてしまった それに気づいたときは後の祭りこの有様だよ」
「去られた女に未練がタラタラってやつか」
「自分の過ちに気づいたときはすでに遅かったって経験は此所にいるみんなしているよ 雅和はやっと解ったようだけどな」
仲間にいいように玩具にされて気落ちする雅和に真砂子が言った。
「雅和がそれに気づいたって事はすごい成長だよ その気持ち伝えなくちゃだめ きっと伝わるから」
「いまさら何も聞いてはくれないだろうし分かってもらえないよ」
「今更なんて言ってないで一か八かよ 自分の非をちゃんと解っているんだもの心から謝罪出来る 今の雅和ならきっとわかってもらえる、伝わるわ」
「真砂子だけだな そんな嬉しいこと言ってくれるのは」
「真砂子のいうことは大筋間違っていないよ 僕と真砂子も今のお前たちと同じようなことあったから」
龍一は真砂子を引き寄せて膝に乗せた。
「二人は仲がいいよな、羨ましいよ」
「人並みに色々あったけど、まぁそれがあったから今に至っているんだろうな たまに大喧嘩もするけど他人同士が分かり合うにはそれも必要不可欠だって思うよ」
「雅和は喧嘩もしないで長く付き合ってる恋人いると思う もし、いたならそれは偽りの恋人だわ 真剣に相手を思っていたらいい顔ばかりではいられないもの 相手を思うからこそ言いにくい事も言うしそれでお互い傷つけあうことも でもお互いが成長できない交際なんて意味がないわ そんな関係ならいらないそう思わない雅和」
「なぁ雅和、どうでもいいなら人は口をつぐむよ そのほうがめんどくさくないし楽だからな でもそんな付き合いならしない方がいいそう思うのは僕だけかな 耳の痛いことを言い合えるから俺達は仲間でいられるんだ 今までのお前は自分に甘えてすぐ逃げだしていたんだ 今回は変われるチャンスだと思って真正面からぶつかってこい」
「待っているはずよ 本気でぶつかってくる雅和を佐知はきっと待っている」
「雅和、未練を絶ちきるためにももう一度、砕け散って来い」
仲間に背中を押され雅和はメールを打った。
/佐知、君に会いたい どんなに遅くなっても構わない 俺は君を待ち続けるずっと待っている 雅和/
佐知はなんども読み返しては溜息をついていた。
どうしてまたあの部屋が待ち合わせの場所なの
気乗りしないまま鉛に繋がれたような足取りでホテルに辿り着いていた。ロビーの椅子に座り続けていた。1102号室に向かう足は止まっていた。このまま帰ろうと立ち上がったそのときだった。
「やっぱり、ここに居たんだ」
背後から懐かしい声がした。
逃げ場を失い観念した佐知は雅和に手を引かれホテルの部屋に入った。
目に飛び込んできたのは見覚えのあるツリー。懐かしい心痛むツリーがそこにあった。一年前のクリスマスが甦っていた。
「このツリーの前で俺は佐知を守ると誓った 今その気持ちに偽りはなく変わっていない」
「・・・・・」
「佐知、君は俺を裏切っていなかった。勝手な思い込みで君を責めたこと本当にすまないと思っている、許してほしい」
「・・・・・」
「親父がこの部屋に泊まったのは偶然なんかじゃなかった この部屋は親父にとって俺と同じ大切な思い出の場所だったんだ」
「大切な場所?」
「この部屋番号は俺と母さん二人の誕生日でもあるんだ 1102号室、この部屋は親父が俺と母さんを祝い宿泊した場所 親父は俺が幼少の時に時々しか家に帰ってこなくなって、それからは此処で祝うこともなかったから記憶にないけど母さんに残した手紙で知ったんだ 此処が母さんと俺と親父、家族みんなで泊まった唯一親父が幸せだった最初で最後の場所だったこと」
「そうだったの だからあの時このホテルはいわく有りのホテルだと仰っていたのね」
「親父も過ごした場所だから此処でまた君と会いたかった」
「柳木沢さんは雅和を、家族を愛していた でもその愛は雅和が言ったように家族とは少し違っていたかもしれないわね 人に甘えることを良しとしない柳木沢さんはいつなんどきも身を覆う重い鎧を外そうとしなかった そしていつからか自分の心さえ読めなくなった柳木沢さんは愛する術さえ忘れてしまったのね それでも最期は自分の愛し方で家族を愛し悔いなく旅立った そんな柳木沢さんの気持ちをわかってあげて」
「俺にはわらない親父を君はたくさん知っているんだな」
そのとき佐知の心に宿る何かが呼び覚まされた。
「人の気持ちはわかろうとしなければ何も見えないわ その人を思う気持ちが強ければ表情ひとつ仕草ひとつで異変に気づくものよ その言葉の一つ一つが本物か偽者かさえ分ってしまう でも雅和に俺のこと分かるって今聞かれたら言葉に詰まる自分が此処にいる」
「別れる前は俺のことはわかっていた」
「勿論、何でもわかったわ」
雅和は半ば強引に佐知を抱きしめ唇を重ねてきた。
「離して、お願いだから離して」
「だめだ離さない この手を放したら佐知きみは二度と会ってはくれない このまま俺から去っていくのがわかるから」
「そんなこと言わないで離して お願いだからこんな事しないで 悲しくなるからやめて」
「悪かったごめん」
体を離さない雅和の荒い息づかいだけが聞こえていた。その吐息は優しくそして時に強く刺すように首筋にあたった。不思議なことに佐知の体はみるみる熱く反応しはじめた。
「あなたの気持に嘘はないって信じるわ だからもう一度だけ・・」
「許してくれるんだね」
今またクリスマスの再来が訪れようとしていた。雅和に抱かれながらも柳木沢の姿が見え隠れしていた。体は狂おしいまでに応えてはいたが心の靄は晴れなかった。偽りのない雅和の気持ちは伝わっているのに以前とは何かが確実に違っていた。それでも欲情の扉をこじ開け身を焦がした。抱かれながら未だ消えない纏わりつく柳木沢の亡霊に佐知は苦しんでいた。雅和と愛し合っているさなかも柳木沢がまた姿を見せた。雅和そして今は亡き雅和の父・柳木沢ふたりの男に佐知の心は振り子のように揺れ動きざわめいていた。体は誤魔化せても心は偽れないと佐知は雅和から体を離そうと身をねじった。
「心はごまかせない」と溢した柳木沢の言葉が胸に響いていた。




