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WAKARE  作者: 佳穏
追憶
21/192

もう一度

柳木沢が旅立ってから数ヶ月が過ぎていた。押入れから冬物の衣装ケースを引っ張り出していた。厚手のトレーナーが手放せなくなった頃一通の手紙が投函された。



「さち~また名無しの権兵衛さんからラブレターがきてるぞ」



階下で封書をヒラヒラ振り続ける父に母は笑いをこらえていた。



「母さんストーカーかも知れないぞ 名無しの権兵衛さんからの手紙はすべて父さんに見せるよう佐知に言っておきなさい」



「呆れるわね お父さんは佐知の事になるとほんと大袈裟なんだから 佐知はもう大人なんですよ」



母は父が握り締めた手紙を取り上げて5段目の階段に置いた。二階から姿を見せた佐知に父は何か言おうとしていたが母に制止され腕を引かれ茶の間に入っていった。


部屋はしまいかけの夏服が散乱し足の踏み場もなかった。散らばった洋服をかき分けベッドに腰を下ろした。柳木沢の時と同じ佐知様とだけ書かれた白い封書を翳していた。



/佐知、君は怒っているだろう。きっと怒ってるよね。俺は親父の最後を伝えようと君に手紙を書いている。親父の手紙は君に届いているだろうか。事務所の金庫から出てきた手紙なんだ。親父が愛した母さんと俺、仕事の関係者そして君へ親父からの最後の言葉読んでもらえたかな。病床の親父は俺の知る親父とは別人だった。人前でも涙する弱い男になっていた。何もしてやれなかった不甲斐無さに俺は今も苦しんでいる。親父の事を理解していたのは君だって事が分かったよ。君の話しをするとき親父は唯一絶望から開放され穏やかな顔を見せた。皆井君との思い出は僕のお守りだといって、力を振り絞って笑顔を作っていた。君の名を口にするその時だけは病気と戦い、生きようと明るく頑張っていた。


「父さんはどんな苦しみの中にいても負けないよ。命尽きるまで生き続ける。神に授かった命は一秒たりとも粗末には出来ないからな。この地球に生を受け生かされている命今日もひたすら生きようとしている命 地球上のすべての命はどれもこれもみんな愛おしく、大切なかけがえのない尊い命なのだから」


これが父が残した最後の言葉だった。それっきり会話はできなくなった。俺は君が言うように親父に嫉妬していた。親父を一人の男とみて嫉妬していたんだ。いま親父を憎む理由は何ひとつなくなった。親父を支え勇気づけてくれた君に感謝します。本当にありがとう。親父の心内に気づいてあげられなかった家族に代わり君は親父に寄り添い救ってくれた。それなのに本当にすまなかった。君が許してくれるのなら連絡して欲しい。ずっと待っている。


井川雅和/



待ちわびた便りなのに素直に喜べなかった。なぜだか柳木沢の事ばかりが鮮明に思い出された。雅和が憎み嫉妬したひとりの男は父の姿に戻り雅和のもとから消え去っだ。そして今は亡き好かない柳木沢は恋しいひとりの男になって佐知のもとに舞戻ってきた。思いは複雑に絡み手紙を受け取って二週間たっても動けなかった。会いたい気持ちが自然に湧き出るのを待った。



「このときを待っていたのにどうしたんだろう わたしは喜んでいない」



佐知は気持ちを確かめるため雅和に会おうと決めた。恋焦がれ会いたくてたまらなかったあの頃が嘘のようだった。心はごまかせないものだと言った柳木沢の言葉を思い出し佐知は呟いていた。



胸踊らせ雅和と会っていたわたしは今ここにいない 何処に行ってしまったのだろう


雅和が告げた待ち合わせ場所は柳木沢が最後の常宿にしたホテルの喫茶店だった。雅和と過ごした思い出の場所でもあるのに柳木沢の姿ばかり浮かんでいた。



「来てくれてありがとう」



「お父様ご愁傷様でした」



「親父に代わり礼を言うよ 最期まで君に感謝してた本当にありがとう」



「私の方こそ柳木沢さんから元気をもらっていたのよ 柳木沢さんとお会いするとあなたといるような気持ちになれて楽しかったわ いま思うとあなたと柳木沢さんはそっくりだった」 



「俺と親父が 俺、親父ほどひどい男じゃないと思うけど」



「そうじゃなくて、歩き方や仕草がやっぱり親子だなって思ったの だから私はいつも柳木沢さんと会うのが嬉しかったんだわ」



「親父と俺は佐知という一人の女と出会い惹かれた それぞれ思いは違うけど」



「運命のいたずらだったのかな わたしが柳木沢さんと出会っていなければあなたと私は」



「ごめん、君と親父が出会ってくれたこと今は心から感謝しているよ」



「そう言ってもらえて嬉しいわ」



「俺は君の事わかってやれなかった わかろうとしないで逃げた 嫌な事や辛い事から目を背けてしまう俺は自分勝手で卑怯な最低男だった」



「人は誰だって嫌なことから逃げたくなる でも逃げたら又同じ事から逃げ続けるを繰り返す 解決しない限り、その原因の根っこからは開放されないこれは祖父から言われた言葉なの」



「やっぱり解決しないとだめか」



「解決しなければならないことがあるの」



「いや別にないけどしいて言えば親父のことかな」



「柳木沢さんのこと」



「親父の限りある命を知って嫌い憎み続けた親父のすべてを受け入れようとした 今まで親父にした悪態を詫びたかった でも言葉に出来なくて心で詫び続けた 小さくなっていく親父をみるのがしんどくなると屋上で俺はいつも君の名を呼んでいた 会いたい気持ちがこだまになって俺の胸に飛び込んできた 俺そのとき知ったんだ君を思う時全身に力が漲るって そして親父が言っていた気持ちがわかった これなんだって」



「これって?」



「いやなんでもない 佐知これからも又会ってくれるかな」



「・・・・」



「ゴメン、今すぐ返事は無理だよね」



「あなたの父・柳木沢さんと出会い親睦を重ねた私と柳木沢さんの関係を邪推して責めた 信じてもくれず怒りだけをぶつけ私をひとり残して去った そしてあなたは昔の生活に戻り私の嫌いな許せない男になったのよね 私はそれがどうしてもひっかかってだから正直いって素直にあなたからの連絡を喜べなかった 今も気持ちの整理がつかないの ずっとずっと、この日を待っていたのに会いたいと願っていたのに 今は嘘みたいで、どうしていいのかわからない」



二人の前に高い壁が立ち塞がって見えた。雅和を残しひとり席を立った。見上げた夕刻の空は心のように灰色の濃淡に染まっていた。



今日わたしが会いたかったのは雅和じゃない・・柳木沢さんに会いたくて私は此処にきた あいたいもう一度、もう一度だけでもいい、柳木沢さんあなたに会って話がしたい」



心と同じ今にも降りそうな空を見上げる佐知の手に家から持ってきた天から見守っていると書かれた柳木沢の手紙がしっかり握りしめられていた。


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