愛すべき大切な人たちと4
秀和を寝かしつけた佐知は階下に下りて行った。茶の間の戸に手をかけたとき両親の楽しげに笑う声が聞こえてきた。
「おぅ、秀和は寝たか」
「お父さんとハーブティ飲んでいるんだけど佐知も同じでいい」
「うん、それにしてもお父さんとお母さんはあきれるほど仲がいいね」
「仲がいいのは家庭円満ってことだ あきれるって言いぐさはないだろう」
「二人でいる時お父さんとお母さんはいつも笑ってるでしょ 学生の時わたしクラスのみんなからあり得ないって驚かれたんだよ」
「父さんとお母さんは昔からこんな調子でやってきてこれが普通だからなぁ」
「お父さん、何十年も一緒にいて変わらないで仲良しでいられるそれってすごい事だよ」
「言われてみれば母さんとは両親と同じ位いや両親より長い歳月を過ごしてきたんだなあ」
「私お父さんとお母さんが喧嘩してるところ一度も見たことないよ」
「佐知、お母さん達だって長い間には行き違いや些細ないさかい、揉め事は数えきれないほどあったのよ でもそれはうちだけでなくてどこの家庭にも普通にあることじゃないかしらね」
「私が知らなかっただけでお母さんとお父さんにも色々あったんだ」
「勿論よ、でもねお母さんはそういう時、お父さんと出会った日のことをいつも思い出していたの お父さんの事が好きで好きでたまらなかったお母さんはお父さんとならどんなことがあっても大丈夫、必ず幸せになれると信じていたのよ あの頃を思い出すと不思議ね胸の靄がスーッといつも消えてなくなっていたわ」
「佐知、円満の秘訣は母さんの雲行きが悪くなるまえに父さんがいつも頭を下げていたから いつも父さんが折れていたから大きな衝突には至らなかったんだ」
「いやだわ お父さんそれじゃまるで私が恐妻鬼嫁みたいじゃないですか」
「いや、そのぅ・・何て言うか そんなつもりじゃ・・すまん」
「お父さんそんな風にいつも謝っていたの 笑えるぅ~」
「佐知お父さんに笑えるはないでしょ お父さんに謝りなさい お母さんも謝るわ 実直なお父さんにジョークは通じない事わかっていながら・・ごめんなさいね」
「まぁなんて羨ましい夫婦愛でございましょう 理想とする夫婦像が身近な両親でわたくしの心は感動でいっぱいでございます」
「どうした佐知、どこでそんな言い方覚えたんだ」
「お父さん佐知はお世話して下さった泉さんの話し方を真似たんですよ そっくりなんです
いま佐知が私たちを見て感動してくれたように秀和も同じことを口にする日が来るといいわね」
「お母さんわたしね、結婚したらお父さんとお母さんのような夫婦になりたいってずっと思っていたの 秀行さんとは叶わなかったけどあれからわたしは秀和と前だけを見て歩いてきたわ これからも身に起きる様々な困難を乗り越え幸せになる 井川君と歩いてゆこうと決めたから過去じゃなく今を今日という日をしっかり生きていくわ」
「大丈夫だ 佐知なら理想とする家庭をきっと作れる 彼、井川君とはまだ面識はないがいい奴だってことはお父さんにもわかる 佐知は好いた彼を信じついてゆこうとしている彼も同じ気持ちで佐知を支え守ってゆこうとしているその気持ちだけはふたり生涯忘れるんじゃないぞ」
「お父さんとお母さんのようにそれを言いたいのね お母さんにずっと愛さているお父さんはほんと幸せ者だよ でもそれにあぐらかいていたらお母さんにソッポ向かれちゃうからねお父さん」
「心配無用、佐知がいない所で父さんは一途なラブを母さんに注いでいるからな」
「言ってくれますね~ それじゃ私がいなくなったら思う存分ラブラブできるね お父さん」
「思う存分といってもなぁ お母さんと父さんはもう若くはないからな」
「お父さん愛に老いも若きの隔てはないと思うけどなぁ~」
「そりゃそうだろうけど・・」
「お父さんラブラブにもしかして変なこと想像しちゃった?」
「あっ・・いや・・」
「あぁやっぱりそうなんだぁ」
「はーいストップ お父さん何ですか佐知に乗せられちゃって 佐知もお父さんを弄るのはここまでおしまいよ そこで苦笑いしているお父さんちゃんと聞いてるの」
「お父さん、凄い雷がドカ~ンと落ちる前に謝ろう」
「あぁそれが一番だ」
「そこでごちゃごちゃ言っているお二人さんわかったの」
「母さんすまん、すまん」
「ハイハイわかりました ごめんなさい」
「二人とも返事は一回」
「すまん」 「はい」
父と娘の息はぴったりハモっていた。背を向け笑いを必死にこらえる母の肩が上下していた。
「ねぇねぇ見てお父さん、さっき怒っていたお母さんが笑ってる」
「母さんはいつも最後はああして後ろ向いて笑うんだ だから父さんもつられて笑って、それでいつも仲直り」
「本当にお二人は仲よしラブラブでよろしいでございますねぇ~」
「佐知またそんな話し方して、普通に話しなさい」
「は~い」
「佐知いまの返事は大変よろしい 父さんが誉めて存じよう」
「お父さんもですよ、佐知はもう大人、秀和の母親なんですから お父さんの親バカも今日で卒業にしてください」
「ハイハイわかりました」
「あぁお父さんハイハイって言った 私のハイハイはお父さん譲りだったんだね お父さんに似て佐知は嬉しゅうございます」
「二人ともいい加減にしないと本当に」
「すまん」 「ごめんなさい」
当たり前のいつもの賑やかな夕べに佐知は幼かった昔のように神様に手を合わせ幸せを噛み締めていた。




