心の赴くままに3
雅和の帰国日の連絡を受けた佐知は朝から茶の間で落ち着かない様子を見せていた。
「お父さんから駅まで一緒に行くように言われているから明日お母さんも駅までついていくわ」
「お父さんは私をいつまで子ども扱いするつもりなのかなぁ」
「親にしたら子供はいくつになっても子供なのよ 心配してくれる人がいるのは有難いものよ感謝なさい」
「私と秀和は愛されているって事ですね ねぇお母さんお父さんいまごろ温泉に浸かって鼻歌歌っているのかな 毎年恒例の旅行そんな学生時代のお友達がいるお父さんが羨ましいな」
「お父さんいつだったか俺も老化したなって言っていたでしょ みんな老いの年代に差し掛かってきたから昔みたいに一堂顔を揃えることがなくなったって寂しそうだった 働き盛りの多忙時もお父さんは時間を割いて旅行に参加していたの そんな時仲間の一人が亡くなってね その人は忙しいから余裕ができたら参加すると言って旅行から遠ざかっていたんだけど病院のベッドであいつらと旅行に行っていればよかったと家族にこぼしたそうよ それを聞いてお父さんたちは医師の許可を取り付けてその人と家族を最後の旅行に招待したの しばらくしてその仲間が旅行先で撮った写真を手にしながら亡くなったと知らされたの あのとき涙をいっぱい貯めたお父さん悲しみを隠し笑顔を見せながらつぶやいていたわ
・・あいつすごく楽しそうだったな いい思い出と一緒に旅立てたなら良かった」
「お父さんいつだったか私にこう言ったの やりたいことがあったら先延ばしには絶対するな 後でやるとかいつかやれる時にやるなんて思っていたら必ず後悔するぞって」
「そうそう時間があったらとか時間のある時になんて弁解するな 時間は作るものだって熱く語ったのは仲間の友人が亡くなった後だったわね」
「お母さん覚えている?私が合唱部のソロを真砂子に持っていかれて悔しがっていた時のこと」
「えぇあんなに声高に怒ったお父さんあれが最初で最後だったわね」
「お父さん私にこう言った
どんな世界にも勝ち負けはある でも勝ち負けより大切にしなければならないことがある 相手が勝ったら心からおめでとうと祝福し負けた自分の力不足を素直に認める 自分が勝った時は努力の賜物と心から褒め称え喜ぶ それが勝負というものだ
わたし叱られているのも忘れてお父さんはスゴいなって思った」
「その言い方笑っちゃうくらい似てるまるでお父さんがいるみたい」
「お父さんの口真似なら沢山できるよお母さんもっと聞きたい?」
「そうしたいけど今夜はこれまでにしましょう お母さんこれからクッキーを焼かなきゃならないの」
「今からクッキー焼くの」
「泉さんに佐知に持たせるからって約束したのよ 佐知から世界一と聞いた私のクッキーをいつか食べてみたいと泉さん言ってくれたから」
「泉さんはケーキの達人でお母さんはクッキーの達人、甘党の私にはこえられませんねぇ~お母さん何かお手伝いすることある」
「大丈夫さちは明日に備えて早めに休みなさい」
「それじゃ明日は駅までよろしくおねがいします お休みなさい」
翌朝佐知は秀和を抱き抱え雅和と泉には何も知らせず列車に飛び乗っていた。雅和と泉との再会は一年と数か月ぶりだった。母に見送られ出発したものの健康優良児の秀和を抱いての道程は予想以上に大変だった。
「まあ可愛い、子供の瞳ってキラキラして吸込まれそう」
「大きなお子さんね、子供は将来の日本を担う大切な宝物ですから大変でしょうけれど頑張って育てなさいね」
見知らぬ人にかけられる言葉は長旅の疲れを飛ばしてくれた。
佐知が来ることなど知らなかった雅和と泉はてんやわんやの大騒ぎになっていた。
「雅和さん、早朝佐知さんのお母様からお電話がありまして佐知さんと秀和ぼっちゃんがこちらに向かっているそうでございます」