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WAKARE  作者: 佳穏
人生の機微
168/192

けじめと決意13

「私もおなじでした 彼を失った後悔と未練は半端ありませんでした でもわたし本当に彼を愛していたのかわからないんです」



「愛はなかったと?」



「愛はあったと思いたいけど私と彼は愛の女神に導かれたのではなく別の大きな力によって私たちには出会わなければならない特別な理由があったから出会った 振り返るとそんな気がしてならないのです」



「とても興味をそそる話だわ 何かしら複雑な事情がありそうね」



「今そう考えるとすべて納得できるんです だって彼は私が最も嫌うタイプの男で絶対に好感など持ちようのない付き合うなんて論外の男性だったから」



「タイプでない男に出会って恋に落ちた 佐知さんはそこが腑に落ちないみたいね」



「だって彼は女の敵みたいな人でそんな初対面の彼に好意を抱くなんて考えられないし絶対ありえない事なんだもの」



「佐知さんが最も嫌うタイプは、というより彼はどんな人だったのかしら」



「彼は女にだらしなくて女を欲望のはけ口くらいにしか思っていない人で目的もなく怠惰な生活を送っていた最低で最悪な男で」



「もうそこまでにしましょう 彼への中傷はそのくらいにして、確かにそんな男だったら好きにはなれないわね」



「彼と付き合うようになって後に彼と私は驚くような関係で互いが繋がっていることを知りました」



「驚きの関係?」



「とても長い話になりますから搔い摘んでお話ししますね 彼の父親と私の生みの母は恋人同士でした 二人の愛は実りませんでしたが母は彼の父親の子供を身ごもり男の子を出産しましたその子は間もなく亡くなったのですが彼と私にとっては兄、母はその後父と結婚し私を産みほどなくして事故に巻き込まれ父と共に亡くなりました 幼い私は施設に預けられ今の両親に引き取られました 社会人になって懐かしいその施設を訪ねたとき実母から預かったという遺品を渡されこの事実が分かりました」



「あなたは幼い時から苦労してきたのね 佐知さんあなたの強さはそこにあったのね」



「私は今の両親に出会って温かい家族家庭を知りました 受けた両親からの愛を自分の子供に伝承出来る私は幸せです 今は産んでくれた実母にも感謝しています だから秀行さんも真実を知っていたらお義母さんに感謝の気持ちを伝えたかったと思います」



「人にはそれぞれ苦い人生があるわ でも明るく笑顔の尽きない佐知さんにこんな過去があったなんてね」



「忘れられなかった彼とその後再会できたのですがこの出会いも得たいのしれない力によって仕組まれたような再会でした いろんな事あっていま私たちは最良の友達で彼はかけがえのない私の大切な人なんです」



「再会した彼は最低男を脱却していい男になっていたのね」



「はい資格を取り父親の仕事を立派に継いだ彼は改心して別人になっていて私とっても嬉しかった」



「結ばれなかったけど佐知さんとの出会いが彼の生き方まで変えたのかも知れないわね 佐知さんは彼と出会っていなければなんて考えた事がある?」



「私たちはどこかで必ず出会っていたそう思います いま私の目に映る彼はもう昔の彼じゃない 初めて出会った時と同じように再会にも意味があってその意味を知ることはむずかしいけどいつかわかる日が来ると思っています」



「得たいの知れない力に導かれた再会は別れを乗り越え成長した二人にもたらされた新たな始まりのような気がするわね」



「はじまり・・そうなのかもしれませんね 再会したとき彼に抱いた感情は未練とかじゃなく始まりの感情だったかも お義母さん、わたし去年の暮れに彼から二人の関係をもう一度しっかり考えて答えが欲しいと言われて・・わたし正直戸惑っているんです」



「再会が何かしらの始まりだったとしたらあなたたちはもうその始まりを歩んでいることになるわ あなたは彼とのその歩みをずっとこれからも続けたいそう願っている友達として・・彼はそんな佐知さんの・・本当の気持ちを知りたいのね というより彼はあなたの気持ちがわかっていていながらずっと自分にストップをかけていたんじゃないかしら いまそのストッパーが外れたから佐知さんの答えいかんで彼は自分の気持ちを軌道修正しようとしている 私には彼からの宿題はそんな風に読み取れるけれど」



「私はこのままの関係でいいと言ったのに彼は首を縦に振らず今後の関係を考えてほしいと譲らなかった これまでずっと私の気持ちには応えられないと彼は頑なに拒絶していたのに・・やっといい関係に落ちついた今になって・・今更どうしてそんなこと言って私を困らせるのか分からなかった」



「健気に頑張るあなたを一番身近で見てきた彼にとってあなたは彼の分身のようになっていたのかもしれないわ 彼はあなたの悲しみも喜びも全て自分の事のように感じていたのよきっと」



「彼は私とも深交のあった奥さんと子供を亡くしています 病院を辞めた身重の私を助けてくれたのはその彼です 彼の家でお手伝いさんと彼と三人で暮らした日々は他人の集まりだけど家族そのものでした 「こんな家庭を手にして亡くなったわが子にしてやれなかったことのすべてを秀和にしてやりたい」 彼の口からでたその言葉は叶わなかった私の願望・・なのに何故か分からないけれどわたしは手放しで喜べなかった」



「彼の目に自分が追い求めていた幸せが見えたということなら彼が抱えていた闇が晴れたということじゃないかしら 私はそう思うんだけど」



「彼の中にある闇が薄れたなら嬉しいです 彼は両親、愛する奥さんと子供大切なものを全部奪われました 唯一彼のよりどころは親の代から会社に務めていた泉さんでした 彼は身寄りのない泉さんを事務職からお手伝いさんとして家に呼び入れ最後まで看取るつもりでいるようです 彼にとって泉さんは母親のような人で私にとっても心強い味方お母さんみたいな人です 私が実家に戻ることを決めたとき二人は自分の家だと思っていつでも帰ってこいと言ってくれました いつでも待っていると言ってくれました 涙がこぼれ落ちそうになるくらい嬉しくて二人から受けた愛が深く胸に響きました 三人ですごした場所から去る日が来て私は家族と引き離されるような気持ちになったあの日を思い出すたび懐かしさと受けた愛情優しさに涙しています」



「沢山のよき出会いや人と巡り合い手を差し伸べてくれる人がいた佐知さんは幸せ者ね また来てねと待っていてくれる人がいるなんてうらやましい限りよ 実家に戻ったばかりの佐知さんにこんなこと言うのはおかしいけど身の置き所が此処じゃないと思ったら心のまま帰るべきところに治まることも視野に入れてみたら 心に幕を張って迷っていてはだめ もし彼こそが佐知さんの戻るべき場所だと思ったのならなおのことそうすべきだわ」



「秀行さんは亡くなる前に彼に私と秀和を託していました 彼は事故で重傷を負い秀行さんに命を救ってもらいました それが縁で二人は男同士のつながりを持ったようです 私と秀行さんは付き合う前に互いのつらい恋愛話を語り合ったことがあって私の相手が彼だということも知っていました 秀行さんがアメリカに渡り私との関係が危うくなった時も彼が仲を取り持ってくれてアメリカ行きも彼が全部お膳立てをしてくれて実現しました 彼は私と秀行さんを結ぶキューピットでした」



「秀行は彼を信頼できる男と見込んだのでしょうね だから彼に」



「私と彼が一緒になることが幸せだと? 私を愛した秀行さんがどうしてそんなことを彼に託したのか・・」



「佐知さん・・・きっと秀行は自分以外で佐知さんがこの世で愛する人がいるとしたら彼だけそう感じとっていたんじゃないかしら 彼にあなたと秀和を託したのは秀行からの佐知さんへの最期の贈り物、そう思ってもらえないかしら」



「わたし秀行さんに過去の恋愛なんか話さなければよかった 彼への思いを包み隠さず吐き出したりしなければよかった・・」



「つらい恋愛を互いに知り持ったからこそ秀行は佐知さんの思いを汲んであげたかったんじゃないのかしら 好きな人と痛みや喜びを分かち合い生きることがどんなに幸せか身をもって知った秀行だからこそ彼とあなたに向き合うチャンスを与えたかったのかもしれないわね 今度こそ背を向けたりしないでとことん向き合いなさいってね これが最後のチャンスと思って彼とのこれからをもう一度考えてみたら」



「お義母さんに聞いてもらえて心に整理がつきそうです 彼とのことは時間をかけて考えてみます」



「人生まだまだ長いわ 急がず慌てず諦めずしっかり考えてみなさい」



「そうします お義母さんこれからも秀和といたらぬ私をよろしくお願いします」



「こちらこそ宜しくおねがいしますね 秀行のことはつらいけど今日秀和と会えて現実を直視できたわ 無邪気な子供は人を癒す絶大なるパワーを持ってるのね」



佐知と秀和の訪問は部長の閉ざされた心に光が当てられ秀行の死から止まっていた秀行の実母である部長の時間は今日を境に緩やかに流れ出していた。


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