けじめと決心5
ハードな一日を終え眠りに付こうとしていた佐知は秀和の顔が心なしか赤いことに気づいた。体もいつもより熱く感じ熱を測ってみると37度9分だった 慌てて階下に降りて台所で氷を出していると物音で目を覚ました母が起きてきた。
「寒いのに氷なんて、秀和熱がでたのね」
「うん、秀和の体を冷やそうと思って」
「そうね こんな時間だしそれが一番ね 熱は計った?」
「37度9分だったけどぐったりしてないし、普通に寝ているから心配ないと思う」
「それなら今夜は様子を見て明日熱が下がらなければ病院に連れて行きましょう」
「お母さん、起こしちゃってごめんね」
「今夜はお母さんも一緒に付き添うわ」
「看護師だったお母さんが一緒なら百人力だ~」
「シィー、声が大きいお父さんが目を覚ましたらおおごとになるわよ」
「そうだね、お父さんを起こさないようにソ~ッとね」
慣れた手つきで秀和の着替えをすませた母は秀和の隣に体を横にした。佐知は秀和を間に母と三人川の字になって秀和を見守っていた。
「お母さん、秀和が熱を出したのはきっと私のせい 寒い中連れ出したから わたし母親失格だね」
「さち、そんなことないわよ この世に生れたばかりの子供は少しずつ外の環境に慣れなければならないの お腹を壊したり今夜みたいに熱を出したりそうしてみんな元気に成長してゆくのよ お母さんは佐知が過保護になって秀和を外に出さないほうが心配よ」
「そうなんだ、少し安心した」
「でも今度連れ出すときは冷え込まない早い時間に帰ってくることね」
「うんそうする」
いつの間に眠ってしまったのか窓の外はまだ暗かったが時計の針は6時30分をさしていた。暗がりの部屋で秀和は機嫌よくいつものように一人遊びをしていた。
「熱下がってるよかったね秀和 ちょっと待っていてねバアバに報告してくるから」
台所で朝食の支度をしていた母の後姿がいつもより小さく感じた。
「おはよう、熱下がったから秀和もう大丈夫よ お母さん昨日ずっと秀和を見てくれたんでしょ、わたし寝ちゃってごめんね」
「いいのよ、そんなの当たりまえよ 家族なんだもの」
「お母さん疲れてるでしょ 倒れられたら困るから向こうで少し休んで、後は私がやるから」
「ありがとう、確かに若い時と違って無理はきかなくなったわね でも大丈夫だから心配しないで秀和の側にいてあげて」
母娘の会話が聞こえたのか父が話に割ってきた。
「昨日は大変だったみたいだな でも熱が下がったなら安心だな」
「お父さん眠たそうな顔して・・まさか昨日起こしちゃった」
「いやトイレに起きたら隣にいる母さんの姿がなかったから台所に行ってそれで事情が分かった」
「お父さんにまで心配かけてごめんね」
「気にするな、それにしても体は年相応、寝不足はてき面に身体にくるものだ 気持ちは若いつもりでも無理がきかなくなっているから父さんも気を付けないとな」
「お父さんは心配いりませんよ 通っている佐山医院の先生から長生きするって御墨付をもらっていますから この前ニュースで言っていたけど一病息災が長生きの秘訣らしいわね」
「高血圧で病院に通っているお父さんは早期に病気も見つけられるから心配ないかもね」
「健康な人よりお父さんみたいに自分の体をよく心得て労わっている人の方が健康でいられるって事じゃないかしらね」
「それじゃ毎月佐山先生に診てもらって薬飲んでるお父さんは大丈夫だよね」
「佐知は父さんが早死にするとでも思って心配しているのか」
「心配なんかしないよ だってお父さんには専属の看護師資格を持っているお母さんがいつも側にいるんだもの」
「そうだな 健康でいられるのも母さんのおかげ感謝しているよ」
「だからって自分の体をお母さんに丸投げしちゃ駄目だよお父さん、今は丈夫でも若くないんだから油断禁物だよ」
「佐知の言う通りですよ 今日からお酒もう少し減らしましょうかお父さん」
「秀和が生まれてから煙草も止めたしお酒だって随分減らしたんだぞ これ以上は勘弁してくれ頼むよ母さん」
「冗談ですよ お父さんから楽しみのお酒を奪ったらそれこそ病気になってしまうわ」
「さち、いま泣き声が聞こえなかったか」
「お父さん、お隣の猫じゃないの」
「いやあの声は秀和だ」
「アッほんとだ お父さんの耳すごいね 見てくるね」
「行かなくていい 佐知は母さんの手伝いをしていなさい 父さんが様子を見てくるから」
階段を上る父の足音は慢性のひざの痛みを抱えているのが嘘のように軽やかだった。お父さん膝は大丈夫なの?と母娘は顔を見合わせ笑いだしていた。