愛の行方3
「アメリカでの研修は嘘っぱちだったってこと?」
「なら急にアメリカに行った訳はなんなのかしらね」
「ねぇあなた、ほかに何か聞いたのなら全部話しなさい」
「秀行先生は病気を治すためにアメリカに行ったって確かに聞こえたわ」
「本当なの ねぇそれって誰に聞いた話なの」
「わたし朝からお腹の具合が悪くて薬を買いに行って戻ってすぐ職員トイレに入ったの そしたら婦長とハイミス部長の声がして・・私急いでいたからトイレのカギをかけ忘れたみたいで・・だから誰もいないと思って話し始めたみたい」
「出所が婦長と部長なら、でたらめではなさそうね」
「よく聞こえなかったけど移植とかドナーがどうとか・・そんなこと言っていたような」
「あなた、中途半端に話を聞いてきて肝心なところがわからないってほんとイライラするのよね」
「そんなこと言われても私はお腹が痛くてトイレに入っていたら偶然聞こえちゃったんだもの・・」
「とにかくこの話はここだけにとどめておきましょう 皆さん約束よ」
震え出した体を悟られないように佐知は席を立ちお茶を入れなおしていた。
「そういえば院長夫人の姿を最近見ていないわね」
「院長夫人は秀行さんに同行しているってトイレで聞いたけど」
「とすると病気説は濃厚になってきたわね」
「院長先生も本当はついていきたかったでしょうね 食事とか一人で大丈夫なのかしら」
「院長夫人が長期で留守のするときは本宅を管理している住み込み夫婦がお世話をしているみたいだからまた通いで来てるんじゃないかな」
「あぁ~だからか~ わたしハイミス部長が院長の自宅にあしげに出入りしていたのを見たわ」
「それはどういうことですか」
「さっちゃんは知らなかったんだ ハイミス部長は院長が好きでだからいまも独身だって噂なの」
「院長と部長はそういう関係なんですか」
「それは当事者でなければわからないことだけど・・管理人が帰った後ハイミスが院長のお世話を甲斐甲斐しくしているということはそういう関係なんじゃないの」
「院長夫人は知っているのかな」
「仮に知っていたとしてもあの院長夫人だもの知らないふりしているのよ 妻の座についている夫人のほうに分があるわけだし」
「院長はあの通り夫人の言いなりで頭が上がらないからハイミスが入る余地はなかったのかもね」
「夫人は昔から溺愛している息子のことで頭がいっぱいで院長の女性関係なんか問題外、まったく動じない人 でも秀行先生が病気だとしたら夫人はそうとう参っているはず 寝ずの看病で一時も離れず寄り添っているのでしょうね」
「そうね、母親は子供を救うためなら自分の命を捧げる覚悟だってするからね」
「ところで秀行先生の病気ってなんなのかしらね」
「私それは聞いてないから知らない」
「だからさあ~肝心なところが抜けちゃってたら話にならないでしょ まったくもう~」
「だって本当に病名なんか話してなかったんだもの」
「もうこの話はお仕舞さっきも言ったけど、みなさんこの話は門外無用ですからね」
「はい」
佐知は午後の仕事をどんなふうにこなしたのか定かでなかった
大切に手がけた大輪の花を摘み取られたような欠落感に佐知は陥っていた。
秀行からのメールは週3から週1になり、どんどん滞るようになっていた。元気を装っている秀行に病状を尋ねることも出来ず佐知は一人悶々とした日々を送っていた。
「さち、最近どこか具合でも悪いの」
「えっどうして」
「佐知の好物ちらしずしにちっとも箸がすすんでいないようだから」
「そういえば最近さちは食が細くなったみたいね あんなに大食漢だったのに」
「お年頃なんだものドカ食いはもう卒業よ」
「心配はないだろうが一度勤務先で見てもらったほうがいいんじゃないか 生姜焼きもほとんど食べていないし」
「わたしは大丈夫
御馳走様でした お母さん残してごめんね」
「さちは病院で移動があったりして疲れてるのね 無理だけはしないでよ」
「さち母さんの言う通りだ 頑張りすぎはよくないぞ」
「うん、わかってる」
部屋に戻り佐知は手帳をめくった
先月の生理・・今月はもう来ていてもおかしくないのに 食欲がおちて気持ち悪くて食べられないのはまさか ちゃんと気を付けていたのに でもだからといって100パーセントじゃない あの日、もしかしたらあの時
翌日佐知は妊娠検査薬を買った。帰宅した佐知は真っ先にトイレに駆け込んでいた。
結果は妊娠反応(+)陽性だった
部屋の戻ると佐知はベッドに横たわり天を見つめ続けていた。次から次と降ってくる出来事を一人では抱えられなくなっていた。
佐知は幾度も雅和に連絡したがいつも留守番電話になっていた。唯一頼りの雅和からは音沙汰なく一週間が過ぎていた。