愛の行方
院長が院内にある息子秀行の部屋を訪ねてくるのは今日が初めてだった。いつも穏和な院長の顔が険しく思えたのは気のせいだったのだろうか。佐知は院長が秀行とどんな話をしているのかなぜか気になってしかたなかった。院長が部屋を出た頃合いを見て机に戻ると秀行はどこか様子が違って見えた。
「急で本当に申し訳ないけど佐知さんの移動が決まった 佐知さんは明日から受付に戻れるよ」
「・・・・」
「戸惑っていると思うけど院長には逆らえないから」
「私の後任はもう」
「いや、ここは閉鎖することになった」
「じゃあ他のドクターと一緒の部屋に」
「いや僕は臨床研修医として海外に行くことに」
「海外・・」
「キャリアを積むためにも海外に行く事は僕の視野に入っていた 臨床研修医の期間を満了すればそこの医師免許も取得できる 突然降ってわいた話だけどチャンスだと思っている」
「秀行さんのスキルアップになるのならとてもいいお話だけど、あまりにも急なお話なので」
「そんな顔しないで、僕だって離れ離れになるのつらいよ でもこのチャンスは逃したくない 佐知さんとの約束また先伸ばしになってしまうけど待っていてくれるよね」
「はい待っています」
「ありがとう佐知さん、帰国したら真っ先に君の両親に会って僕たちの結婚を承諾してもらおう」
「秀行さんありがとう」
「問題がひとつ、院長は性急なところがあって明後日の出発なんて言われても・・全くどうかしているよ」
「あさって・・もう受け入れ先は決まっているのですか」
「院長がアメリカの知人に頼んですべて手筈は済んでるらしい」
「アメリカ・・」
「僕が行く病院はカルフォルニアなんだ」
「遠い異国で医者の不養生なんて事にならないようにして下さいね」
「人はそう簡単には死ねないから大丈夫だよ」
「こんなとき死ぬなんて言葉は不謹慎です」
「そんなに神経質にならないで、僕は死にませんから」
「僕は死にませんってそんなドラマあったわね」
「あぁ101回のプロポーズだろ」
「わたしプロポーズは一回でいいわ そういえば秀行さんのプロポーズ撤回されて返事もしないままでしたね」
「撤回のお詫びに向こうからメールで毎日プロポーズするよ」
「気持ちは嬉しいけど帰国した時にもう一度プロポーズして下さい 待っていますから」
「わかったそうしよう 明日は出発の準備で自宅待機だから適当な理由をつけて自宅の方においでよ」
「それは無理です 院長夫人はどんな嘘もすぐに見抜くわ」
「そうだな、あの人するどいから・・じゃ僕がお昼休みに会いに来るよ」
「だったらわたしお弁当作ってきます」
「楽しみだなあ 佐知さんのお弁当」
「でも院長夫人が作ってくれるお昼ご飯はどうするの」
「院長が言っていたんだけど明日母はデパートまわりで留守だから出前なんだ 院長には何か出前を取って置くよ」
「もしかしてお母様が秀行さんの必要品を買うためにデパートに」
「恥ずかしいよ 僕はもう一人前の成人男子なのに、でもあの人に何を言っても通用しないから、わかるよね、佐知さんなら」
頷きながら笑顔を見せた佐知を秀行は優しく抱きしめた。
「やっぱり君は笑顔が一番だね その笑顔で僕を見送ってほしいな」
「涙は一人になったときに だから秀行さんの旅立ちは笑顔で見送ります」
「つらいな、飛行機の中で佐知さんが泣いている姿を想像するのは」
「秀行さんの好きな私の笑顔をしっかり目に焼き付けて忘れないでね」
佐知手作りのお弁当を美味しい美味しいと言って残さずたいらげ写メに収めたお弁当をうれしそうに眺めていた秀行は翌日愛する佐知を残しひとりアメリカに旅立っていった。
秀行のあまりにも早急なアメリカ行きに佐知は肩を落とし放心状態に陥っていた。




