揺れ惑う心10
佐知は秀行とホテルの一室で体を重ねていた。どちらかが求めたわけでなくそれはごく自然だった。それぞれに苦い過去を持つ二人の新たな愛の始まりだった。固執していた愛の塊が少しずつ溶けていった。今ここにある愛に二人は癒されていた。
佐知の陶器のような滑らかな柔肌を秀行は優しく包み込んでいた。互いの心にいまだ残る忘れえぬ人の残り香は塗り替えられていった。幼さの残る可憐な佐知が妖艶な恍惚の表情を見せていた。大人の色気を漂わす初めて見るその顔に秀行は我を失い興奮を抑えきれなかった。そして身体に似合わぬ佐知の膨らんだ胸元は秀行がたじろぐほど豊満だった。荒々しい雅和のそれとは違う秀行のソフトな指使いに唇を噛み声を押し殺し佐知は身を震わせ続けていた。
「これからずっと君の笑顔をみていたい 幸せを掴もう 二人で一緒に歩んで行こう」
熱い吐息交じりのキスをする秀行の唇は体中を隈なく這っていった。清流の緩やかな流れに逆らわず泳ぐ魚のように佐知はすべてを秀行に許し預けていた。身悶えする体は湯銭にかけたチョコレートのように蕩けていった。快感と脱力感が相まって突然睡魔が襲ってきた。ゆりかごに揺られる錯覚に佐知の意識は次第に遠退いていった。微動だにしない変化に布団から顔を出した秀行は言葉を無くした。大きな寝息をたてているその寝顔におもわず顔が綻んでいた。
子供みたいな無邪気な顔して、よりによってこんな時に・・まぁこれも佐知さんらしくていいか 笑顔もいいけどこの寝顔も食べてしまいたいくらい可愛いな
遊び疲れた子供のように眠る首筋に腕を回し秀行は優しく寄り添っていた。柔肌が触れるたび秀行は豊満な胸元から目をそらし沸き上がる欲情を抑えていた。
こうして毎日一緒にいられたらいいのにな 君は僕の未来に光を差してくれる愛する大切な愛おしい女神だ
腕の痺れを堪えながら秀行は眠りから覚める佐知を待っていた。
「うぅん・・」
「やっとお目覚めのようだね」
「わたし寝てしまったの」
「眠る佐知さんを見ていて白雪姫の目覚めを待つ小人の心境がよくわかったよ」
「・・ごめんなさい」
「佐知さんは病院で初日から大あくびで僕を迎えてくれた そして今日は無防備な寝顔を見せてくれた 忘れられない思い出がまたひとつ増えて僕はうれしいよ」
「好きな人の前でドジばかり恥かしいけど私はいつもそう 井川君にもドジっ子さっちゃんがまた出たかっていつも笑われたわ」
「ドジっ子か、初めて聞く面白い用語だね ドジっ子佐知さんか僕はそんな君も好きだな それも君なんだから恥じる事ないよ 飾らない有りのまま、そのままの君でいい 君の全てを僕は好きになったんだからね あっもうこんな時間、ご両親が心配して待っているよね 佐知さん急いで帰ろう」
自宅に送り届けてくれた秀行はお休みのキスをしてくれた。走り去る車のライトが見えなくなっても佐知は暗がりに佇んだままだった。今宵の風は秀行の柔らかい唇の感触に似ていた
あとがき
いま思い起こせばこの日を境にあらたな試練が始まっていた。未来を夢見る佐知に訪れる試練は荒れ狂う大海原に漕ぎ出す航海のようだった。どんな選択をしてもその道を刻んでゆくのは誰でもない自分自身。ならば後悔のない道にしなければならないと佐知は思っていた。しかし襲いくる試練はそんな信念をも揺るがすものだった。自ら選んだ今ここにある愛が試練の始まりになるなんて誰に予測できただろう 愛の山頂から谷底におとされるこんな残酷な仕打ちを誰が・・その意味を知る道のりは果てしなく遠くまだ始まったばかりだった