揺れ惑う心6
雅和の入院生活を斉藤から聞き知る秀行だったが佐知の前では余計なことはいっさい口にしなかった。
仕事を終えた佐知が乗ろうとしたエレベーターのドアが開くと秀行の姿が見えた。突然手を捕まれた佐知は秀行と共に部屋に戻った。
「強引に連れ戻してごめん 話したいことがあったから でも都合が悪ければ別の日に」
「いいえ大丈夫です」
二人は向き合ってソファーに座った
「お話ってなんですか」
「井川君こと」
いつも口にする井川さんが今日は井川君に変わっていることに佐知は違和感を感じた。
「秀行先生は彼が順調に回復していると・・彼に何かあったのですか」
「いや井川君は元気だから心配いらない 実は佐知さんには黙っていたけれど井川君は叔父の病院に一時転院して手術を受けたんだ」
「手術・・」
「頭の血腫を取る手術なんだけど成功したからもう安心だよ いま井川君は頑張ってリハビリに励んでいるそうだ」
「秀行さんのおじ様は脳外科分野では知れ渡る有名な先生です その先生が手術をしてくれたなんて井川君は幸運だわ 秀行さんありがとうございました」
「これも何かの縁、叔父に手術を依頼するのは医師として当然のことだから礼はいいよ」
「でも秀行さんのおじ様の手術を受けるのは宝くじを当てるくらい大変で受けたくても受けられない患者さんがたくさん待機しているって院長先生から聞いたことがあります 井川君が手術を受けられたのは秀行さんのおかげですもの感謝します」
「感謝なんて他人行儀はやめようよ 僕にできることがあればこれからも協力するから遠慮しないで」
「ありがたいわ 秀行さんの力添いがあれば百万馬力だもの」
「百万馬力?古いアニメソングでそんな言葉聞いた気がするな」
「鉄腕アトムよ あぁまた若いのにおばさんみたいだなって思ったでしょう」
「そんなこと思わないよ」
「絶対思った 秀行さん鼻で笑っていたわ」
「僕は佐知さんを鼻で笑ったりはしないよ ただ君は面白いなって笑っただけ 佐知さん話を戻すけど井川君はうまくいけば今月中に退院出来るらしいよ」
「本当ですか わたし退院前にお見舞いに行きたいな」
「じゃ予定を立てて会いに行こうか」
「行こうかって・・秀行さんまた連れて行ってくれるの?本当に井川君に会えるのね 秀行さんありがとう」
井川の話題に佐知は飛びきりの笑顔を見せた 秀行の前では見せたことのない笑顔だった
佐知さん、きっと君は井川君の前でいつもそんなふうに笑っていたんだね
秀行はその佐知の笑顔を寂しげに見つめ続けていた