会いたい
病院の木々の葉はすっかり落ちて季節は移行していた。寒空の下で庭師達が白い息を吐きながら庭木の雪囲いをしていた。もう木々は冬支度・廻る季節は冬・寒くて暗い冬がもうそこまで来ていた。
「さち、まこちゃんから電話よ」
部屋を出ると冷たい空気が全身を覆った。
「さむぅ~」
つま先立ちで階段を下りていった。
「佐知、冬休み帰るからまた会おう 最近の雅和付き合い悪くってさ、飲み会にもあまり顔ださなくなったんだ でもこの間久しぶりに会ったとき皆に成長したなって言われて嬉しそうに笑ってたわ」
大勢で飲んでいるのか店内から漏れ聞える脳天をつく奇声に思わず受話器をずらした。一方通行の電話は毎度の事でこの日も口を開くことなく切られた
これって親友に対する礼儀かしら・・
毎度むっとしながらも竹を割ったような性格の真砂子を憎めなかった。佐知にはもったいないくらい頼もしい友人だった。
彼から帰省の知らせが入ったのはそのから5日後だった。冬休みに会えるとこの日を待っていた。
洋服ダンスからありったけの服を出していた。何時間、鏡と睨めっこしていたのだろう。何度も階下から母の声が聞こえていた。次第にその声が大きくなり母はとうとう角を出した。
「いいかげんお風呂に入ってしまいなさい 何度いわせるの、片付かないから早く入りなさい」
パジャマを抱えしぶしぶお風呂場にいった。脱衣所の洗濯機の前に鬼の形相をした母が立っていた。この雰囲気はまずいぞ~母のご機嫌ななめを何とかせねばと頭を捻った。
「振りかぶり佐知投手の投げた服は洗濯機の前に立つ貞子バッターの背中に・・」
驚き振り返った母に投手を真似てタオルを投げた。タイミングよくタオルを掴んだ母に大きな声をあげた。
「貞子母さん、ナイスキャッチ」
そばにあった洗濯かごをかぶり片手を高く挙げた。かごの隙間から体を揺すり微かに笑う母の顔が見えた。
「年頃の娘が子供みたいな真似して物を投げるなんて誰に教わったのかな」
「お父さんとお母さん以外いないでしょ」
呆れたように笑う母の顔から眉間の皺が消えていた。
「ゆっくり入りなさい」
「は~い」
予想以上の展開にお笑いの素質有りかもとニンマリしていた。
湯船に浸かりながら彼を思い出していた。人差し指でお湯に字を書いた。
あした・彼にあえる・はやく・あいたい
誰にも見えないその文字は大きく波打っていた
会いたかった彼が帰ってくる 彼に会える
丸めた毛布をきつく抱きしめ佐知は眠りについた。
「皆井さん、皆井さん聞こえないの」
受付にすわる佐知の頭上に声が飛んできた。
「あっ、はい なんでしょうか」
「今日もう3度目ですよ 診察券がたまっていますよ 皆井さん大丈夫、具合でも悪いの」
「はい、あっいいえ大丈夫です元気です」
「大丈夫ならしっかりお仕事してください」
ハイミス部長にお目玉を喰らっていた。気持ちを切り変えたが今日は時計ばかりが気になり仕事に集中できなかった。
仕事を終え一目散に駅へと駆け出していた。人ごみをかき分け身を乗り出して雅和を探した。岩のような荷物に座る彼を見つけ息急き切って駆けていった。
「遅れてごめんなさい」
「仕事なんだからしょうがないよ」
「お帰りなさい、疲れたでしょ」
「ああ、でも君の顔みたらもうひと頑張り出来そうだ」
「何をひと頑張りしてくれるのかな」
「人の揚げ足取るな」
じゃれながら二人は北風の町を歩き出していた。
「ねぇ私たち今日から名前で呼び合わない」
「いいね俺は佐知、でいいかな」
「えぇ、私は雅和、う~ん、まあ君なんて、どう?」
「なんだか親に呼ばれているみたいで落ち着かないな」
「えっ本当に家でまあ君って呼ばれているの」
「とにかくその呼び方は勘弁して この通り頭を下げてお願いするよ」
「そんなに嫌なら雅和これならいい」
「うん、さて上手くまとまったところでどこ行こうか」
「今日は一段と寒いわね どこでもいいからお店に入りましょう」
二人は目の先にあった小さなお店に入った。店内の暖かい気流が凍えた身体を包んでくれた。膨らんだ荷物を置いた雅和はグッタリと座り込んだ。
「ずいぶん大きな荷物ね」
「うん、今回は特別」
「なら、しばらくいられるのね」
「うん、少し長い滞在になるかも」
この件には触れたくないのか彼はすぐに話題を変えた。
「二人で何か計画立てないか」
「いいわね、クリスマスパーティーなんてどう?」
「クリスマスパーティーか」
「男の人とクリスマス、私はじめてなのよ」
「俺も久しぶりだよ」
言い終えた雅和はマズイと思ったのかコップの水を一気に流し込んだ。
「そうよね・・あなたが初めてなんてそんなわけないわよね」
「そうじゃなくて前にも言っただろ 心なんて考えなかったって だから過去のクリスマスは・・俺が誰かと一緒だったとしても心のないクリスマスだから・・」
「わかった、じゃ私と同じそう思ってもいいの」
「考えようによってはそうだな 生まれ変わった俺にとってはじめてのクリスマス、だから佐知と同じだね」
「それを聞いたらなんだかルンルンしてきたな~」
「サンタは大人になった俺たちにプレゼントなんか持って来てはくれないよ」
「サンタは雅和、プレゼントは雅和 雅和が雅和もってやって来る~♪リンリンリン・リンリンリン~♪ってね」
「まだまだお子様だな 佐知は無邪気でほんと可愛いな」
帰宅した佐知はかじかんだ手でマフラーをはずしながら茶の間を開けた。
「ただいま~」
「おかえり、残業ご苦労様でした」
「佐知、外は寒かったろう はやく体を暖めなさい 母さん早くご飯の支度をしてあげなさい」
いつものように両親は佐知を笑顔で迎えてくれた。母の支度してくれた湯気のたった夕食を見つめていた。あったかい湯気が顔を撫でると後ろめたい気持ちになった。残業と嘘をついて雅和と会ってきたことを悟られてはいけないと必死だった。少し膨らんだお腹を押さえながら無理して母の料理をきれいに平らげていた。
佐知は茶の間に戻り父の隣で炬燵に足をのばし座った。炬燵の中で足と足とが触れ合ってくすぐったかった。
「あったか~い、やっぱり我が家はいいねぇ」
「家が嫌いになっちゃうなんて言ったの誰だっけ まったく調子がいいんだから佐知は」
みかんを抱えた母が含み笑いで立っていた。お風呂の件で母に投げつけた言葉を思い出した。
「うるさいなぁ お母さんはうるさ過ぎだよ うるさい事ばかり言われるとお母さんがいるこの家が嫌いになっちゃうよ~」
確かに言った・・
逃げ出したくなった佐知は体を丸くして父の背中に隠れた。
「今日の佐知は何か良い事でもあったのかしら」
母の声を無視していつもなら目もくれないテレビ番組を父と肩並べ見ていた。
「家族は会話なんてなくても全然平気なんだよね こうして一緒にいるだけで温かくなれるお家はやっぱり最高だね~」
柳木沢の言葉がふと甦った。
『そんな家族がいる君はそれだけで十分幸せものだ』
お風呂をすませた佐知は脱いだセーターを顔に乗せベッドに横たわっていた。別れ際に優しく抱きしめてくれた雅和の残り香を吸い込んでいた。愛しい人の匂いが残るセーターを胸に擁きながら佐知は深い眠りに堕ちていった。




