プロローグ
幾重にも重なる無数の世界。
そこに1つ、一際輝く『楽園』。
その『楽園』を目指す者たちを、
『聖者』と呼ぶことにした。
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「……来たよ、結。こんな時間にどうしたの?」
真夜中。1人の少女がメッセージで呼ばれ、廃ビルの屋上へとやってきた。
「ああ、ごめんね、奏絵。こんな時間に呼び出して」
「いや、それはいいんだけど……何してるの、結。」
結、と呼ばれる少女は、魔法陣の描かれた大きな紙を広げていた。
「この前話したでしょ、『異世界に行く方法』。あれを、今夜試してみようと思って」
「え……ちょっと待ちなよ!」
片方の少女──奏絵は、声を荒げる。
「あれはネットに書かれてるデマなんだって!しかも、方法だってめちゃくちゃ危険で……!」
少女は、広げた魔法陣の上に履いていた靴を置く。
そして、そのままビルのフェンスに手をかける。
「でも、成功したって人もいるんでしょ?失敗したって、ただ死ぬだけじゃん」
片方の少女が、少女の腕を強く引く。
「自分で何言ってるか分かってるの!?それ、やってること完全に自殺と同じだから!」
「でも、もうこの世界に用は無いの。死ぬにしたって異世界に行くにしたって、どっちも同じじゃん」
淡々と話す少女の目からは、光が消えていた。
「考え直して。じゃないと、私はこの手を離さない」
「……」
少しの沈黙の後、少女は告げた。
「じゃあさ、奏絵も『こっち』においでよ」
「え……?」
少女は片方の少女の手を引き、フェンスの外に身を乗り出す。
「大丈夫、すぐ終わるから」
「ちょっ……待っ……!」
片方の少女が言いきらないうちに、少女はビルの外へ落ちた。
そうして、片方の少女も一緒に落ちていく。
「じゃあ奏絵、また来世で!」
ビルから落ちながらそう言った少女の目は、すっかり輝きを取り戻していた。
「………!」
片方の少女は、声を出すことも叶わなかった。
そうして、意識が遠のいていく───
2人の少女は、都内の高層ビルから落ちていく。
誰にも知られぬまま、2つの「生」が、終わりを迎えようとしていた。
「………暗い」
意識を取り戻したらしい少女は、暗闇の中に取り残されていた。
「……死んだのかな、私……」
暗闇の中で、少女は沈んでいく。深く、深く。
どこまでも深く、落ちていく。
誰も、手を差し伸べることが出来ないほど。
こうして、彼女は「1つの終わり」を迎えた──