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第六話

声に弾かれるように部屋を出る後輩を、ケネスはため息とともに見送った。

職務熱心なのは結構だが、それを他人にまで強要するマイクの悪い癖が久々に

出てしまったようだ。まあ、この二週間の不眠不休の捜査で自制心の壁が

大分もろくなってしまっていたのだろう。あとでもう一度いい聞かせておこう。

そう思いながら、ケネスは改めて黒い髪の小柄な医師に向かって、

「失礼しました。お怪我はありませんか」

と丁寧に謝罪した。

「いえ」

歪んでしまったネクタイと襟元を治しながら、医師は首を振る。

「しかしこれ以上の質問はやめて下さい。この子には負担が大きすぎる」

ケネスは頷いた。アレックスは泣きじゃくりながらも

ずっと医師の白衣の裾を握り締めている。

「随分となつかれているのですね、Dr……」

「佐々木です」

聞き慣れぬ姓を名乗りながら、佐々木医師は泣き続ける子供の肩を

落ち着かせるように優しくたたいた。

「主治医になって日が浅い私にまで縋らずにはいられない。

それほどこの子は不安なのです」

いささか強い口調で佐々木はケネスに説明をする。

「なぜ、今頃になってアレックス君に事件の事を尋ねるんですか?

犯人達はもう……」

「先生、もしよろしければ少しお時間をいただきたいのですが」

怪訝な顔をした佐々木に、ケネスは続ける。

「お願いします。私達がここに来た理由、それは立ち話で説明できる

ものではないのです。それに」

とケネスはもう一度ベッドの上のアレックスを見る。

「あまりアレックス君に聞かせて良い話とも思えませんし」

佐々木医師はしばらく考えた後、

「判りました、二階にカフェテリアがあります。そこでいいですか」

と頷いた。


             ※


「私はケネス・ハーヴィといいます。マイク……先生に掴みかかった彼とは

鉄道警察の先輩と後輩で、まあ、年の離れた相棒ですよ」

冬の柔らかな日射しが差すカフェテリア。コーヒーの乗った小さな机を挟んで

向かい合った後、ケネスは改めて自己紹介をした。

「佐々木兵衛、日本人で小児精神科専門医です」

同じように自己紹介を返しながら、佐々木はケネスが自分の顔や手に残る

酷い傷痕から目をそらさず、かといって

嫌悪や憐れみの表情も浮かべていない事に気づいた。

たったそれだけの事だが、先ほどのもめごとでささくれだった心が穏やかになる。

「日本人ですか。私も短期間ですが日本に住んでいた事があるのです。

沖縄、といいましたか、そこからベトナムに派遣されました。

ああ、これはその時の名残ですよ」

と言いながらケネスが掲げて見せた左手には

引きつれたやけどの跡が広がっていた。

「ベトナム、戦争ですか」

「ええ、四十年以上前の事ですが。所で精神科の先生が主治医と言う事は

アレックス君は」

「ええ」

佐々木は頷いた。

「テロが原因のPTSDを患っています。

身体の傷はもう入院の必要がないほど回復していますが

電車に関する音や映像に過敏に反応して酷いパニックを起こしてしまう。

今適切な治療をしないと、彼は一生この記憶に苦しめられる事になるでしょう」

「そうですか、最初にそれを聞いておくべきでしたね、重ね重ね申し訳ない」

再び丁寧に謝罪を繰り返すケネスの姿に、佐々木は好感を抱いた。

「いえ、俺も最初にきちんと説明すべきでした。しかしどうして今ごろ

話を聞きに来たんですか? 犯人たちは捕まったんでしょう」

「犯人の大部分は射殺されました。生存者はゼロで」

佐々木の言葉をケネスは微妙に訂正する。

「そして、つい先日の事ですが我が国が「悪の枢軸」と呼んだ国から

イスラム系過激派組織『ハマス』が犯行声明と新たなるテロ予告を出したのです」

「……射殺された人々の他に、国外逃亡に成功した犯人もいるのですか?」

「いえ」

ケネスは苦い顔で首を振った。

「射殺された人々は、ハマスの構成員ではありませんでした。

戦争が始まる以前からこの国に移住し、善良な市民生活を送っていた

女性たちだったのです」

「……女性」

佐々木の脳裏に四日前に見たTVの映像が蘇る。

燃え上がる木造住宅、アスファルトの上に無造作に転がされた死体、

そして投降するより死を選んだ少女。

「じゃあ、警察はまさか冤罪で彼女達を……」

「冤罪ではありませんよ」

もう一度ケネスは首を振った。

「彼女たちは確かにテロの犯人グループの一員でした。焼け落ちた家の中から

多数の武器や、爆弾の材料の残骸が発見されましたから」

「しかしなぜ、善良な市民達が突然テロリストに変貌したのですか?」

「それが私達が今日ここに来た理由なのです」

ケネスは背広のポケットから一枚の大分くたびれた、古い写真を取り出して

テーブルの上に乗せた。

そこに写っているのは中近東の国には珍しい切れ長の瞳をした少女が写っていた。

まだ年端もいかない年齢だが、将来これは美人になりそうだと

皆が太鼓判を押しそうな端正な顔立ちをしている。

「彼女はレイラ、と呼ばれています。ハマスの中心的メンバーで

爆弾製造のプロフェッショナル。今回の逮捕劇の中で唯一逃亡に成功した、

今回のテロの主犯です」


続く






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