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第五話

一つ大きく深呼吸をして、マイクはM病院の扉をくぐった。

同時に脳裏にテロの翌日の野戦病院のようなS教会内部の風景が蘇ったが

再び足を踏み入れた病院は、待合室が少々混み合っているものの

無駄なモノが何一つない整然とした廊下を

医師や看護師がきびきびと歩いている、彼にとって見慣れた光景。

「二週間もたっているんだから、当たり前か」

独り言を呟いて、受付に向かう。

どんな大事件でも、時間がそれを過去の出来事にしてしまう。

爆破された地下鉄も先日復旧し、犯人グループの大部分は射殺された。

事件現場に置かれた献花台には、まだ花や蝋燭が絶えないが

街はクリスマスの飾りつけ始まった。

だがマイクをはじめとしてこの事件をまだ

「終わった事」にしてしまえない人々も無論、いる。

「すいません、アレックス君の病室はどこになりますか。ほらテロの被害者の」

ケネスの問いに、受付に座っていた女性が不審な表情だけを返す。

「失礼しました、私は鉄道警察の者です」

身分証を見せると、やっと彼女は自分の仕事を思い出したらしい

「失礼しました、五階になります」

ぎこちない笑みと共に改めて返された答えに、礼を言ってエレベーターに乗り込む。

多分あの態度はゴキブリよりもしつこいマスコミに対応し続けた結果だ、と信じたい。

エレベーターの止まったフロアはしん、と静まり返っていた。

まだ朝も早いせいだろう。

「こんにちは、アレックス君だね」

 半開きの個室のドアをノックしながら声をかけると、

ベッドの上で小さな子供がびくりと身体をこわばらせた。

「ああ、怖がらないで。僕は警察の者だけど、君に聞きたいことがあってきたんだ」

出来る限り優しい声色で話しかけても、青い瞳から怯えの色は消えてくれない。

なんだかいじめっ子にでもなったような気分だが、爆破された車両に乗っていながら

唯一腕の骨折だけで済んだ彼に、ぜひ聞いて確かめたい事があった。

「少し地下鉄に乗っていた時の話を」

「誰ですか、貴方は」

 女性のように甲高いが、鋭く厳しい声が背後からかけられたのはその時だ。

 今度はマイクがびくりと身体をこわばらせて振り向くと、

そこに立っていたのは黒髪の小柄な青年だった。

両の眼もとから頬にかけて古いがかなり目立つ傷痕があり、それを隠すためなのか

男にしては長い髪を赤を基調にした鮮やかな組み紐で一つに束ねていた。

「地下鉄警察の者だ。アレックス君に話を聞きに来た。君こそ誰だ」

高圧的にマイクは問い返した。

相手が判ってしまえば一瞬であれ驚いた事が恥ずかしく感じる。

大学生が暇にまかせてボランティアで話し相手でもつとめているのだろうか、

なんにせよ邪魔をされては困る。

「そんな話は聞いていません」

「君にいちいち許可を求めなきゃならん筋合いはない。

大事な話をしているから出ていってくれ」

 その言葉にむっとしたように青年はくるりと踵を返して部屋を出ていき

すぐに白衣を着てもどってきた。

「アレックス君の主治医の小児精神科医の佐々木です。

繰り返しますが警察の方が来ると言う話は聞いていませんよ」

 胸ポケットにつけられたIDカードを改めて見てマイクは驚く。

十代かと思ったら自分よりも年上だ。

「すいません。急いでいたので許可をとる暇がなかったんです。

直ぐに終わりますからいいですかね」

 慌てて先ほどよりずっと丁寧な口調で言い返したが、

佐々木の厳しい表情は変わらない。

 それに今度はマイクの方がむっとしたが、

主治医にへそを曲げられても厄介だ。

「判りました、アレックス君はまだ精神状態が不安定なので、

あまり事件の事を思い出させるような質問はしないでください」

 しぶしぶといった様子で脇へどいた佐々木に、

ありがとうございますと作り笑いを浮かべる。

許可が出ればこっちのものだ。事件の事を聞かないでどうする。

「じゃあ、アレックス君。爆発した物の形を覚えている?」

「……綺麗だったよ」

 しばらくの沈黙の後、布団に目を落としたままアレックスは答えた。

「どういう風に綺麗だったの?」

「ケーキ」

「え?」

「ママがお友達の誕生日にプレゼントって綺麗に包んでくれた、ケーキ」

 マイクは頷いた。やっぱりだ。

「じゃあ、それは最初から電車にあったのかなあ」

また沈黙が落ちた。

「アレックス君、ケーキみたいな爆弾は最初から席に置いてあったの」

「女の人……忘れていった」

 少し強い調子で聞き返すと、相変わらずうつむいたままアレックスは答える。

「その人、この写真の人じゃないかなあ」

差し出した写真を、子供はちらりと見て首を振った。

「わかんない」

「よく思い出して、この人じゃなかった。もっと年をとっているかもしれないけど」

「わかんない、気がついたら電車が燃えていたんだよ。」

「話を聞いてなかったのですか、貴方は。もうやめてください」

 泣き出した子供の前に身体を割り込ませた佐々木に、マイクは苛立ちを覚える。

「犯人逮捕のために必要な事だ、

この子は最初に爆破された車両に乗っていて助かった唯一の乗客で、

話をする義務がある」

「だからと言って、あの日の事を無理やり思い出させるのですか」

 非難がましいその口調に苛立ちは怒りに変わる。

自分達がどれほど捜査に苦労しているかも知らないで。

「当たり前だ、これ以上この街をテロの危険にさらしてたまるか」

「それとこれとは別問題です」

「医者風情がしった風な口をきくな」

 言葉が口から迸るのと、両腕が佐々木の襟元をつかむのとは同時だった。

「こっちは貴様より何十倍もの命を守っている」

「命に多数決を持ちこむな」

 意外なほど強い力で、佐々木がマイクの腕を引き離しにかかる。

 ケネスが駆けつけてくれなかったら、多分殴り合いに発展していただろう。

「マイク、何をしている」

「佐々木、どうした」

 自分をケネスが、佐々木を別の、

やはりアジア系らしい医者がはがいじめにして引き離す。

「離してください、こいつを公務執行妨害で逮捕します」

「医師の忠告を聞かないで何が公務執行妨害だ」

 声を荒げる双方に、ケネスが判ったと言う風に首を振った。

「マイク、ちょっと表で頭を冷やして来い。後は俺が引きつぐ」

「しかし」

「病院で騒ぎを起こしかけたんだ、早くしろ」

 久しぶりに聞いた先輩の怒鳴り声が、マイクを廊下へと叩きだした。


続く



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