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第二十三話

何度感じても慣れることのない鈍い反動と、空気を切り裂く固い金属の微かな音

そして、レイラの左肩から吹き上がった血しぶき。

華奢な体をぐらりと揺らせ、彼女は鉄枠だけ残った

ベッドの下から銃の引き金を引いたケネスの方を向いた。

その表情に、かつて兵士であった年老いた

刑事は息を飲む。

人はこれほど恐ろしい表情ができるのか。

美しい顔立ちをしている分つり上がった眦や

醜く歪んだ口元は鬼気迫る様ですらある。

血の気を失い、微かに震えるレイラの右手が

再び銃を構え、躊躇なく引き金を引く。

放たれた銃弾がケネスの頭上にあるベッドの鉄枠に当たり、朱色の火花が散った。

「何が起きているんですか!!」

足元のからマイクの不安そうな叫び声が聞こえる。

ケネスがまだ下半身を下水道の中に突っ込んでいるせいで、彼は地下から出られずにいた。

「すぐに終わる」

叫び返してケネスは再びレイラに照準を合わせる。

彼女は人ではない。この国が生み出してしまったテロリストと言う名のモンスターだ。

滅ぼしてしまえ。それが、正義だ。

心の奥底から湧き上がる声に押されるように、ケネスは引き金を引いた。

今度は右の肩から血しぶきがあがり、再び彼女の身体が大きく揺れた。

だめだ。

ケネスは三度照準を合わせる。心臓を打ち抜かねば、モンスターは倒れない。

褐色の指が引き金にかかった。その時

「やめてください!!」

ケネスの視界を白い色が覆い尽くした。

白衣のすそをなびかせて、佐々木医師がテロリストと

自分との間に両手を広げて立ちはだかったと

気付いたのは、引き金を引いた一瞬の後の事だった。

鈍い反動と、固い金属が空気を切り裂く鈍い音。

半瞬の間を置いて赤を基調とした鮮やかな色の組み紐が

宙を舞い、佐々木医師の頬を黒髪とそして一筋の血が縁取る。

「危ない、先生。テロリストに撃たれます!!」

ケネスの叫びに佐々木医師は首を振る。その姿にケネスは苛立つ。

「なぜ、レイラを庇うんですか。彼女は百人以上を殺したテロリストですよ。

人間ではありません。アメリカが生みだしてしまったモンスターです。

せめて我々の手で殺してやることが正義なんですよ」

叫び続けるケネスが構えた銃口を、

何時の間に近寄った佐々木医師の子供のように酷い傷痕の残る

小さな手が強く握りしめた。

じゅっという音と共に、肉の焼ける微かな匂いが辺りに漂う。

「先生!!」

驚くケネスに佐々木は僅かに顔をしかめただけで、もう一度首を振った。

「レイラさんはテロリストです。でもモンスターではありません。

テロで身体だけではなく心に深い傷を負った子供に笑顔を取り戻してくれた、普通の人間で

そして……もう、これだけ傷つければ十分でしょう」

そう言って僅かに体をずらした佐々木医師の向こうに、

ケネスは床に倒れ伏すレイラの姿を認めた。


                      

                            ※


「エミリー!!」

両肩を撃ち抜かれ、床に倒れ込むレイラに王は駆け寄った。

「ジャケットを脱ぐ前に……テロリストの、心配?

つくづく甘ちゃんね……先生」

「ばか、動くな。出血がひどくなる」

叫びながら王は白衣を脱ぎ、それでレイラの傷口を抑えようとした。

「いらないわ」

それを力ない手で払いのけ、そして、王に着せたダウンジャケットのジッパーを引っ張る。

「……脱ぎなさい。もう、必要がないから」

「エミリー……」

呟く王の表情を見て、レイラは酷く歪んだ笑みに似た表情を浮かべた。

「何を、勘違いしているの。……先生の、命を奪う気が、失せただけよ。

あと……1分で……ニューヨーク上空に、軍事衛星が……墜落するわ」

「なんだって……」

絶句した王に、レイラは震える手先で上着の下からごく薄のノートパソコンを取り出す。

開かれた液晶画面には、流れ星に乗った動物たちが

徐々に地球に近付いていくアニメーションが

コミカルなタッチで描かれていた。

右下に記された文字は60。それは瞬きするごとに数字を減らしていく。

「あと1時間はあるんじゃなかったのか」

「……多勢に無勢で戦うには、嘘も必要よ」

「エミリー、地球上すべての人間を殺し尽くしても、君の家族は戻ってこないんだ」

「当たり前の事、言わないで」

そう言ってレイラは自らが作った血だまりの中に顔をつけた。

「私は、もうすぐ死ぬ。道連れはアメリカの経済よ。天国で夫と子供に……

ほめて、もらえるかしら」

そう言って再びレイラは今度は晴れやかに笑った。

「君は死なせない。そして、テロも実行させやしない」

「できもしないこと、言わないで。停止プログラムは私も知らないの。

必要ないから……聞きもしなかった」

そう言って口をつぐんでしまったレイラの傷口を王は白衣で強く抑えた。

もう抵抗する気がないのか、彼女はされるがままだ。

物悲しいアメリカンポップスが流れる中、

流れ星は地球に近付き続け、数字はその数を減らしていく。

その数が20を切った時、王は片手で素早くキーボードを叩いた。

ぴたり、と曲がとまった。アニメーションが消え、

黒くなった画面に極太の赤字で「STOP」の文字が浮かび上がる。

「……何を、したの」

流石に驚愕の表情を隠せないレイラに、王は

「DESPERADO」

と呟いた。

「何?」

「この曲の、名前だよ。ならず者。アメリカンポップスをロシアのソフトに合わせるなんて

何か意味があると思ったんだ」

「……ダウンジャケット、脱がすんじゃなかったわ。

貴方を……殺すべきだったわね、王陰月」

悔しげに呻くレイラ。

「王、大丈夫か」

「先生、怪我は」

駆け寄ってくる佐々木とケネスに、王は静かに首を振った。

「俺は大丈夫だ。エミリー……いや、レイラに至急治療を……終わったんだ。全部、な」


続く








 





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