第二十二話
「水や軽食も持ってきた」
「必要ないわ。点滴だけしたらさっさと出て行って。
後始末は王医師でもできるんでしょう。まずは両手を上げて頂戴
ボディチェックをさせてもらうわ」
硬い表情で頷いて、両手を上げた佐々木の体をレイラが銃を突き付けながら
撫でまわす。
「武器は何も持っていないわね」
「ああ」
「いい忘れたけれど、王先生にはC-4がたっぷり詰まったジャケットを
着てもらっているの。貴方が少しでも妙なそぶりを見せたり王先生に
何かを話しかければ、起爆スイッチを押すわ」
「わかった」
頷きながら佐々木はレイラの背後、マットレスをはぎ取られ鉄枠だけになった
ベッドに座らされている王を見る。
不自然に膨らんだ白衣と酷く殴られたのか、腫れあがった頬を認めて
とっさに身体を撫でまわしている女性テロリストの後頭部に上げた両手を
振り下ろしたい衝動に駆られた。
同じように佐々木を見つめていた王が、赤紫色にはれ上がった頬に
かろうじて笑みらしい欠片を浮かべ、小さく首を振る。
佐々木はそれにはっとして両手に込めていた力を緩めた。
「いいわ、次はあなたね」
佐々木から離れたレイラが、彼の後ろに立っていた逞しい『男性看護師』に
近づいたその時、太いそのうでが思い切り彼女を突き飛ばした。
不意をつかれたレイラは、そのまま後ろによろけ
佐々木ともつれるように床に倒れ込んだ。
そこに乾いた音をたてて、固く激しい何かが降り注ぐ。
それが銃弾だと佐々木が理解できるまで、数秒のタイムラグがあった。
鈍い衝撃が胸のあたりに何度も奔る。防弾チョッキがなかったら
致命傷を負っていただろう。
「佐々木!!」
悲鳴のような王の叫びと
「作戦協力、感謝する」
機械のように無感情で冷たい声が遠くから聞こえ、
銃弾で削られたコンクリート破片で白く煙ぶる佐々木の視界の隅に、
ノートパソコンを脇に抱えと銃を構えた男性看護師に偽装した
兵士の姿が映った。
太いがなめらかに動く指先が、もう一度銃の引き金にかかる。
「撃つな!!やめろ!!」
王の言葉に、兵士はその唇に冷笑を浮かべた。
「お前からでもいいんだぜ」
床に向けられていた銃口がつっと上に向く。とその時
「残念ね、そのパソコンダミーなの」
笑いすら含んだレイラの声がして、腹に響くような鈍い爆発音が上がった。
爆風が王をベッドから床にたたきつけ、佐々木は這うように彼に近寄る。
「佐々木、怪我は」
「大丈夫だ。待っていろ、今脱がしてやる」
酷い傷痕の残る子供のように小さい手が、
引きちぎる勢いで親友の白衣をはぎ取る。
「先生がたもそこまでにして下さる?」
鉄さびと埃の匂いが充満する室内に、再び冷酷なテロリストの声が響き渡った。
「あれが見えるかしら」
白い指先が示す先には壁に歪な大輪の紅い花を咲かせ、
床に座り込むような形で残った兵士の下半身だけがあった。
「ダウンジャケットに詰め込み切れなかった100グラム程度のc-4でも
このくれらいの殺傷能力はあるの。さあ、
これ以上の無残な姿をさらしたくなかったら
お互いに離れて、そして佐々木先生は両手を前にして立ち上がりなさい。
人質が二人になったわね」
銃をズボンのベルトにねじ込んで、代わりに
起爆装置の赤いボタンに指をのせるレイラ。
佐々木と王はぎくしゃくとした動きで、彼女の指示に従った。
「そう、お二人供素直で助かるわ」
レイラがゆっくりと佐々木と王に近付く、
その瞬間、レイラの左肩から血しぶきがあがった。
※
鈍い衝撃と共に、マイクとケネスの頭上に真っ白な埃が降り注ぐ。
「急ごう」
今にも崩れて砂になってしまいそうなほど錆た梯子をのぼり、
重い鉄の蓋を押し上げると、眩しい光がケネスの視界をやいた。
何度か瞬きを繰り返すと、徐々に視力が戻ってくる。
幾つも並んだ鉄枠だけのベッド。
どうやらそのうちの一つの真下に出たようだ。
三つほど先のベッドに腰かけた白衣姿がかろうじて見える。
と思った瞬間に、銃声が鳴り響き
「佐々木!!」
という悲鳴のような声が聞こえた。
「作戦協力、感謝する」
非常時とはいえ、何の躊躇もなく
テロリストとそして民間人に銃口を向ける
自国の「正義の兵士」にケネスの背筋を
悪寒にもにたおぞましさが駆け抜ける。
「やめろ、うつな」
再び聞こえた悲鳴のような声に、ケネスはホルスターから銃を抜いた。
照準を定めたのは、自国の兵士。
だが、ケネスが引き金を引くより早く兵士の脇に抱えられたノートパソコンが
爆発した。
爆風が巻き起こり、鉄さびの匂いのする生温かい液体が雨のように降り注ぐ。
「残念ね、このパソコンダミーなの」
瞬時に出現した地獄のような光景の中、レイラの声だけは何処までも冷たく
美しくすらあった。
もうもうとする土煙がおさまると、そこに姿を現したのは
壁に歪な大輪の紅い花を咲かせ、下半身だけとなった兵士と
それを見て、薄笑いを浮かべるレイラ。
その表情のまま、二人の医師に起立を命じた彼女を見た瞬間
ケネスはレイラの肩口に照準を合わせ、引き金を引いた。
続く