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第二十一話

「大丈夫、大丈夫」

呟き声がようやくケネスを現実に引き戻す。

声のした方を向けば、先ほど佐々木医師と口づけを交わしていた女医が

少し前の自分と同じように建物をじっと見つめながら

自分に言い聞かせるように呟き続けていた。

「防弾チョッキだって着ているんだし、特殊部隊の軍人さんが一緒なんだから」

ケネスの視線に気付いたのか、そこまで言って

女医は赤らめた顔に苦笑じみた影を浮かべる。

「ごめんなさい。自分に言い聞かせていないと不安で、可笑しいですよね……」

女医の言葉をそれ以上聞いている事が出来なくて、

ケネスは逃げるようにその場を離れる。

今の自分に出来ることは神に祈る事だけ、

その事実がさらにケネスを打ちのめす。

佐々木医師も王医師も、いやテロリストのレイラですら

突き詰めればこの国の独善的な正義の犠牲者だ。

その犠牲者同士が傷つけあっているというのに、

なぜかつて独善的な正義の先鋒だった自分が安全地帯にいるのか。

「ああ」

こみあげてくる苛立ちを、まるで若造のように拳を握りしめ

茂みの中にポツリと立っていた若木を殴りつける事で誤魔化した時、

ひゃあ、とか細い悲鳴が茂みの中から聞こえた。

「君たち、何をやっているんだ」

ケネスの問いかけに、茂みの中に潜んでいた

数人の子供達が気まり悪そうな顔でうつむく。

その中の一人にケネスは見覚えがあった。

腕を包帯で巻いたその子の名は確か、アレックス。

爆弾が爆発した車両でただ一人生き残った、子供。

「悪い人は、やっつけなきゃ」

ぽつりとアレックスが呟く。

残りの子供が一斉に頷いた。

「やっつけるって、誰を?」

「テロリスト……、友達を、殺した……」

子供特有のたどたどしい口調、だがその表情は

大人がはっとするほどの憎しみに満ちている。

「それは君達がやることじゃないよ。おじさんたちの仕事だ」

その表情をまともに見ることが出来ずに、視線をあらぬ方向に彷徨わせながら

ケネスは言った。

「でも、おじさん達は知らないから」

「何を?」

再び尋ねたケネスに、子供達は一斉に足元の錆ついたマンホールを指差した。


                 ※


「こんなものがあるなんて、軍人たちは気がつかなかったんですかね」

「多分、大分前に使われなくなったものだろう。病院は職員の入れ替わりが激しいから

忘れ去られても仕方がないさ」

酷く狭い、大人一人が四つん這いになって

ようやく通れるほどのコンクリートで固められた穴を

少しづつ進みながら、ケネスとマイクは囁き合う。

子供達が指差したのは、古い下水道らしかった。あの建物の中に続いていると言う。

「それにしても、よく子供達がこれを見つけましたね」

「子供は何処にでももぐりこむからな。でも、そのおかげで助かった」

一歩すすむごとに、体に劣化したコンクリートの破片が降り注ぐ。

その感触がケネスに暑く湿ったジャングルの国での戦争を思い出させる。

あの時、自分が銃を向けたのはかつては素朴な農民であったゲリラたち。

そして今、自分が銃を向けようとしているのは、

砂漠の国で母であり、妻であったテロリスト。

繰り返される悲劇の連鎖。

「仕方がない、ことだ」

ペンライトの僅かな光をたよりに細い下水管の中を進みながらケネスは呟く。

誰かがやらねばならぬのなら、それはかつて兵士だった自分の仕事だ。

やがて、横ばいだった下水管が上に向かって垂直になっている場所に辿りつく。

この上が、出口らしい。

コンクリートの細かな破片で白く汚れた顔で頷き合って、二人の刑事は

ぼろぼろの鉄の梯子を昇り始めた。


                 ※


パソコンから流れ出る物悲しいポップスの音色に、電話の呼び出し音が混じったのは

王の話をレイラが暴力で中断してから十分後の事。

「先生、持病があるの?点滴をさせてほしいと言ってきているけど」

「ああ、実は難病でね。一日二回の点滴が欠かせないんだ」

「そんなそぶりはちっとも見せなかったけど」

不審げに問い返すレイラに、王は何度も殴打された頬に苦笑の欠片を浮かべる。

「病気は隠す主義でね」

レイラはそう、とだけ答えてまた電話に向かって喋り出す。

何度も駄目よ、無理とレイラは繰り返していたが、やがて大きく舌打ちをすると

「わかったわ、佐々木医師と看護師一名の入室を許可します」

と忌々しげに言って電話を切った。

「佐々木が来るのか」

「ええ」

とレイラは頷く。

「でも、先生は口をきいては駄目。少しでも妙なそぶりを見せたら

すぐに起爆スイッチを押すわ」

「……わかった」

それからさらに無言の時間が流れ、

「佐々木だけど、入るよ」

小柄な医師が錆ついた建物の扉を開けた。



続く









 

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