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第二十話

佐々木先生、作戦に参加するというのは本当ですか?」

レイラが王を人質に精神病棟だった建物に立て篭もって二時間が過ぎた。

ケネスの問いかけに、佐々木は緊張で青ざめ強張った顔で小さく頷く。

「あの建物の出入り口は鉄製の扉が一か所だけ。

窓も屋根にはめ込まれ、鉄格子までついた

人の頭が通らないサイズのモノばかりだ。まるで刑務所だな」

その三十分前、急ごしらえの対策本部の中で

ダガードは病院の古い案内図をテーブルに広げ

淡々と佐々木に説明した。

「テロリストの要求は断固として聞き入れるわけにはいかない。

無論、ニューヨーク上空で

核を爆発させることも阻止せねばならない。

テロリストを遠距離から狙撃できれば一番いいのだが、

流石と言おうか、天窓からは人質の姿しか見えん。そこでだ、佐々木医師」

色の薄い、冷酷な眼差しをまともに受け止めて、

佐々木は背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら頷く。

「貴方に王医師を治療すると言う名目で、建物の中に入ってもらいたい」

「……エミリー、いや、レイラが承諾するんですかそんな事を」

「もう承諾は得ているよ。我々の交渉術を甘く見ないでほしいな」

冷酷な視線を今度は彼女達が立て篭もっている建物に向けて、独り言のように

ダガートは言った。

「テロリストは貴方と看護師一名のみの入室を認めた。看護師はこちらで用意する。

無論、本物ではないが」

「その看護師に成りすました貴方の部下が、パソコンを奪回するのですか」

「頭のいい人間との会話は話が早くて助かる。

その通りだ、もちろん貴方と人質の安全は可能な限り保障する」

「断ることなど、出来ませんね」

「ニューヨーク中の電子機器が壊滅状態になり

、人質がモノ言わぬ姿でかえってきてもいいのならば

遠慮なく断ってくれても構わないよ」

皮肉、というには恐ろしすぎる内容を真面目な表情で語るダガードに

佐々木は一瞬ではあるが立て篭もっているテロリストよりも空恐ろしい物を感じた。

「判りました」

強張った表情で頷く佐々木に、ダガードは同じ表情のまま協力、感謝すると

抑揚のない声で礼を言った。

「俺はテロリストを油断させるためのカモフラージュですよ。

実際に荒事はからっきしですけどね」

ダガードとは対照的に先日知り合ったばかりの自分を心配してくれる老刑事に

佐々木はなんとか浮かべる事の出来た笑みを向けた。

「本当に、陰月も貴方も最低よ。こんなに私を心配させて」

怒ったような口調なのに、アーモンド形の美しい瞳に涙を滲ませるミナ。

「ごめんよ」

彼女にも笑いかけようとして、今度は失敗した

その瞳を見た瞬間に佐々木もまた泣きそうになる。

今朝、三人で和やかに談笑しながらホテルで朝食を採った。

あれから数時間しかたっていないのに

なぜこんなことになってしまったのだろう。

「出来る限り自衛はした。初めて来たんだけど防弾チョッキって重いね。

めったにない経験だよ」

掠れた声で絞り出したヘタなジョーク。

それにミナは益々怒ったような口調で

「八十人」

と答えた。

「え?」

「貴方と陰月の患者さんの合計よ。

それだけの人が貴方達の治療をカリフォルニアで待っているの

それを、忘れないで」

「そうだね、帰ったら休みを返上して働かないと」

そう言って佐々木は付き合い始めたころと変わらないぎこちなさで、

恋人の唇に自分のそれを重ねた。


                       ※


「そうだね、帰ったら休みを返上して働かないと」

精一杯明るい口調で言ってから、不器用に恋人に口づけをする佐々木医師をこれ以上

見ている事が出来きず、ケネスはそっとその場を離れた。

無力感が重い鉛のように全身にまとわりついている。

自分達の力不足で、彼らが新たなテロに巻き込まれてしまった。

腹の底から湧きあがってくる自分とテロリストへの憤りに厚い唇を切れるほど噛みしめた時

「……人質と佐々木医師は必要とあれば射殺して構わん」

携帯電話に向かって告げるダガードの声が耳に忍び込んできた。

「作戦の目的は衛星の制御プログラムをダウンロードしたパソコンの奪回だ」

そこまで喋って、ケネスの視線に気づいたのか色の薄い冷酷な光が宿る瞳が

ゆっくりとこちらを向く。

「医師二名とニューヨーク市民全ての命」

やはりゆっくりと携帯電話を耳から放しながら、ダガードは独り言のような口調で

ケネスに告げる。

「どちらを優先するかは考えるまでもないだろう。

我々は、最善は尽くすが全能ではないのだからな」

感情を全く読み取ることができない表情と声音で喋り続けるダガードの頭部には

鮮やかな緑色のベレー帽が乗せられている。

陸軍特殊部隊、通称グリーンベレー。

熱帯のジャングルの国で素朴な農民たちだったゲリラに対抗してこの国が作った

特殊戦闘部隊。

ケネスは彼の言葉の中に傲慢な大国の論理を感じ取り、再び腹の底が熱くなった。

今度は怒りで。

「より多くの人々の安全のために」

これをお題目に、この国は世界中のありとあらゆる場所に軍隊を送り込んだ。

東の果ての小さな島国を占領した時の余りにも鮮やかな成功が忘れられなくて、

亜熱帯のジャングルの国で同じ戦法をとり、手痛い失敗をしたのに、その事だけは

さっさと忘れ去って、砂漠の国で同じことを繰り返した。

作戦は成功し、砂漠の国は独裁国家から民主主義国家に生まれ変わった。

めでたし、めでたし。物語りならばそれで終わる、だが、現実はどうだ。

飛躍的に進歩した移動手段によって、テロリストはやすやすとこの国に乗り込んで

このざまだ。

このままでは、二名の医師は尊い犠牲者として守られるべき国に殺されてしまう。

そして、悲劇は微妙にねじ曲げられた美談となり、イラクへの憎悪を付録にして

また国中に宣伝されるだろう。

どれだけ同じ過ちを繰り返せば、この国は目覚めるのか。

気がつけばダガードの姿はすでにない。

慌てて作戦本部にもどると、佐々木医師の白衣を着た後ろ姿が

ゆっくりとテロリストが立て篭もる建物に近付いていくところだった。

遅かった。

絶望感に打ちひしがれるケネスの視線の先で、佐々木医師の姿は建物の中に消えた。


続く。












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