第十八話
ダガートと名乗った軍人は切れ長の薄青の瞳で二人をじろりと一瞥する。
色素が薄いせいだろうか、佐々木にはその眼つきが酷く冷酷に感じられた。
「確かに高度大気圏ならば、たとえ核爆弾と言えども熱線や衝撃波は
地上には届かない。だがその代わりに別の物が地上に降り注ぐ」
「それは?」
「EMP(電磁パルス)だ」
「テロリストの狙いは電子機器、だわ」
再び呟いたミナに、ダガードは御名答と頷いた。
「核爆弾がニューヨーク上空で爆発した瞬間に、大気全体がスイッチを入れた
電子レンジと同じ状態になる。
殆どの電子機器は過電流や過電圧で破壊されるだろう。
しかもテロリストがタイムリミットに定めた二時間後は
ニューヨーククローズ(ニューヨーク株式市場取引終了時間)
で大量の取引データが動く
そんな時にコンピューターが使用不要になったら、国際経済は大混乱に陥り
アメリカの信用は失墜する。対処の仕方によっては国家崩壊すら考えられる
最悪に事態だ」
淡々と述べられる説明に佐々木は目眩を感じた。
この病院にはテロの被害者の他にも精密医療機器で命を繋いでいる患者達がいる。
もしその全てが使用不能になったら……。
「冷戦の最中、旧ソ連は気象衛星を装って核弾頭を装備した軍事衛星を複数
打ちあげたが崩壊後のどさくさで、その制御プログラムが
どうやら武器商人の手に渡りそれを「ハマス」が買いとったのだろう。
二十数年前の制御プログラムだ。
今のノートパソコンのスペックがあれば十分に動かせる。
ホストコンピューターからのダウンロードに少々時間はかかるだろうがね。
この病院からロシア某所にアクセスした痕跡がはっきりと残っていたよ」
「じゃあ、レイラさんが持っていたノートパソコンの中に」
佐々木の言葉にダガードは再び頷いた。
「制御プログラムがダウンロードされているはずだ。衛星を止めるには
そのパソコンに直接緊急停止命令を打ち込むしかない。Dr.佐々木。我々はこれから
その為の作戦行動に移る。貴方にはもう少し話を聞かせてもらった上
作戦に協力して頂けるとありがたいのだが」
穏やかだが有無を言わせぬ響きがこもった口調に、佐々木は頷くしかなかった。
※
「随分と外が騒がしくなってきたね。まあ、当然か」
「冷静ね。まあ泣きわめかれるよりはましだけど」
呆れたようなレイラに、王は引きつったような苦笑を浮かべた。
「泣きわめいて事態が好転するなら、いくらでもそうするさ」
肩をすくめると、白衣の下につけられたダウンジャケットが耳障りな
音を立てる。
「これ、ぬいじゃ駄目?重いばっかりでちっとも暖かくないんだけどさ」
「どうぞ、でも先生が脱ぐ前にスイッチを押してあげるわ。脱ぐ手間が省けるし、
寒さも感じなくなるわよ、多分」
目の前に突き出された起爆装置を見て王は首を振った。
「やめとく。ちょっとやそっとでは死なない自信はあるけど、爆弾で
粉々にされちゃ流石に死にそうだ」
「こんな時にまで冗談?先生は案外肝が据わっているのね
それとも現実を受け止めきれないのかしら?」
「核爆弾だ、C-4だと言われてもピンとこないのは事実だね」
その答えをレイラは鼻先で笑い飛ばした。
「本当にこの国の人は何処までお目出たいのかしら。戦争を仕掛けた国の
空から山のように爆弾を落としているくせに。でも先生には感謝しているわ。
貴方が病院に入れてくれたおかげで残りの制御プログラムをダウンロードできたのだもの」
「教育ソフトに偽装して送ってくるなんて随分と悪趣味だね」
「女子供が隠れた防空壕に劣化ウラン弾を撃ち込むこの国といい勝負ね」
冷笑を浮かべるレイラを王はしばらく無言で見つめ、小さくため息をついた。
「まだ俺は信じられない」
「何が?」
「子供達に笑顔を取り戻してくれた人が、テロリストだったなんて」
レイラのヒステリックな笑い声が部屋いっぱいに響き渡った。
「私だって生まれながらのテロリストだったわけじゃないわ。
貴方の国が仕掛けた二度の戦争が、私をこんな風にしたの。
世界の警察を気取っている貴方達には一生理解できないでしょうけど、
両親と弟、それに夫と子供。二度も家族を奪われれば善良な一市民でも
銃をとるわ。復讐のために」
笑いながらレイラの両目からは涙がこぼれおちる。
「それは、辛かったね」
王がそう言ったとたん、銃を握り締めたレイラの手がその頬を
殴り飛ばした。
「薄っぺらな同情心を二度と口にしないで、虫唾がはしる」
怒りに燃える瞳が睨みつける先で、王は口の端から一筋血を滴らせたまま
再び口を開いた。
「気に障ったら謝るよ。ただ、俺の祖母も君と同じような目にあったからつい、ね」
「本当におしゃべりな先生ね。次は昔話?口数の多い男は嫌われるわよ」
「生憎喋るのも仕事の一つなんだ。気が紛れるから続けてもいいかな。
それとも黙っていて、そのうちパニックを起こした方がいい?」
問いかける王にレイラはしばらく考えた後、頷いた。
「いいわ、好きなだけ囀ってごらんなさい。私が聞いてるとは
限らないけれど」
続く