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第十七話

一時間もしないうちに、M病院の周辺は

パトカーやマスコミの車両に取り囲まれた。

上空には何機ものヘリコプターが旋回し、

病院の職員達がそれを不安げな表情て見上げている。

様々な想いを籠めた視線が注がれているのは、

S教会の裏手に建つ廃屋となった精神病者隔離病棟。

何十年も前にその役割を終え、ひっそりと朽ちるのを

待ち続けていたような小さな建物に今、全米、いや、世界中が注目している。

「テロリストからの追加の要求は?」

「いえ、今のところ最初のものだけです」

慌ただしく交わされる警察官たちの言葉を、佐々木は透明な壁で隔てられたような

奇妙な非現実感の中でぼんやりと聞いていた。

病棟に一番近く、そして死角になっている場所に設置された対策本部。

佐々木がそこにいるのは、犯人からの電話を一番最初に受け、

そして人質ともっとも親しい人物だからだ。

机の上に並べられたいくつものモニターやパソコンの一つからは、

病院の門前で興奮気味に喋るレポーターが映っていた。 

音声は消されているので何をしゃべっているのかは不明だが

画面右上にでている王とその下の

「レストラン・キングチャイニーズ」の店舗の写真から、

人質の身元を説明しているのだと想像がつく。

と、画面が切り替わり一人の老人に何本ものマイクが付きだされている映像が映る。

「陰月の祖父、キングチャイニーズグループの総裁よ。

マスコミは本当に早いわね、こういう時は」

いつのまにか隣に立っていたミナがそっと耳元で囁く。

「ミナ」

「子供達の避難、終わったわ。動揺を与えないために訓練と伝えているけれど。

何時までだませるかしら。

……私が、あの時すぐに通報していればこんなことにはならなかったのに」

そう言って両手で顔を覆うミナの両肩を抱いて、

佐々木は古ぼけてはいるが堅牢なレンガ造りの

建物をみつめる。その中にいるのは親友と、

つい二時間ほど前までは子供達を朗読劇で

楽しませていたボランティアのエミリー。

彼女が実は先日の爆破テロを引き起こしたテロリスト

レイラだと本人から告白されても、

佐々木はまだそれを心の片隅では信じられずにいる。

グアンタナモ米軍基地に拘束されている「テロ組織壊滅」の為の情報収集が目的で

拘束されているイラク人達の即時釈放とイラクに駐留している米軍の完全撤退、

その期限は三時間。要求が叶わない時には

人質殺害の上……。

「いくらアメリカ人と名乗っていても一目で中東系と判る人間をボランティアとして

迎え入れるなんて、危機意識が薄いにもほどがある」

聞き覚えのある怒鳴り声が佐々木を現実に引き戻した。

少し離れた場所でアスラン医師に先日病室までアレックスを

訪ねてきた白人の刑事がくってかかっていた。

「聞けば、彼女を病院に紹介したのは人質になっている医師だというじゃないか。

医者というのはそんなに世間知らずなのか、

それとも色仕掛けにひっかかったのか?」

その言葉にさすがの温厚な佐々木も頭に血がのぼった。

彼女をここに連れてきたのは確かに王で、

それは言い逃れが出来ない落ち度であるが

そこまで侮辱される理由にはならない。

近寄ってくる佐々木に刑事が気づいた。

「あんたは、この間の。何か言いたいことでもあるのか」

ある、と言いかけた時

「やめろマイク、いくらなんでも言っていいことと悪い事がある」

と白人の刑事の肩にやけどの跡の残る褐色の手が置かれた。

「……すいません」

厳しい顔をするケネスにマイクは意外なほど素直に謝った。

「失礼しました、佐々木先生」

「いえ、マイク刑事の怒りは理解できます。確かにこの病院に

彼女を連れてきたのは王ですから。でも彼は決して危機意識が薄かったわけでも

色仕掛けに引っかかったわけでもありません」

「そうだ、我々は彼女のIDと学生証をきちんとチェックし、両方とも

本物だと確認できのでボランティアとして院内に向かえたのです」

佐々木の言葉をアスラン医師が引き継いだ。

「そのIDを発行した州は……」

「ニューオーリンズ州です。写真も加工された様子はありませんでした」

「くそ、あいつは本物のIDを加工する技術も……」

「違うわ、カトリーナよ」

歯ぎしりするマイクの横で、ミナが口を挟む。

「あのハリケーンでニューオーリンズの市内は殆ど水没、

死者は数千人もでたのよ。復旧が一段落した時、役所には

IDを失った人が大勢再発行を求めて押しかけただろうし、

その中には身分を証明するものを全て失った人も多かったでしょう。

役所の審査だって当然甘くなっていたはずよ」

「なるほど」

ケネスが感心したように頷く。

「多分レイラと同じ年頃のイラク系アメリカ人が実際に

いたんでしょう。レイラはそれに目をつけて混乱に乗じて

入れ代わったのよ。そして学校の中にはお金さえ払ってくれれば

授業に出席しなくても在校を認めてくれる所もあるわ」

「その話が本当だとすれば、あの女はなんて悪知恵が働く奴なんだ」

すぐそばの椅子を乱暴に蹴飛ばして、マイクが呻くように言った。

佐々木の脳裏に昨日子供達相手に笑顔で朗読劇を演じていたレイラの姿が

浮かぶ。ミナの説明を聞いて、佐々木にはその笑顔が今では仮面に思える。

エミリーと言う名の仮面をかぶったその下で、

彼女はどんな表情を子供達に向けていたのか

それを想像すると背筋が寒くなった。

と、机の上で佐々木のPHSが低いうなり声を上げる。

そこにいた全員がぴたりと黙りこみ、はりつめた緊張がその場を支配した。

「電話を取って下さい、Dr佐々木」

警官に促され佐々木はPHSを取る。テロリストに余計な情報と苛立ちを与えぬよう

電話は佐々木が取るようにと指示されていた。

通話ボタンを押すと、美しいが冷たい声が耳に飛び込んでくる。

人とはこんなにも声音をかえることが出来たんだなと、佐々木は妙な所で

感心した。

「レイラさん?」

「ええ。佐々木先生、アメリカ政府は要求を呑んでくれたかしら」

その言葉にちらりと佐々木は居並ぶ警察官たちを見る。

彼らはまるで心を読んだかのように一斉に首を振った。

「いや」

「そう、ではあと二時間三分後にニューヨーク上空に旧ソ連製の

核弾頭をつんだ軍事衛星が落ちるわね」

「レイラさん、その」

「王先生は元気よ。また一時間後に電話する」

一方的に通話は打ち切られ、ツー・ツーという音だけが佐々木の耳の中に残った。

佐々木が会話の内容を伝えると、警察官たちは輪になって早口で

対応を協議し始める。

「核爆弾なんてものを持ってこられてもかえって現実味がないな」

「でも、いくら核だって宇宙空間からうちこんでも

大した被害は出ないはずなのに。どうして」

「そうなの?」

驚く佐々木にミナは頷く。

「彼女がどうやって衛星をニューヨーク上空に落とそうとしているのかは

判らないけれど、大気圏に突っ込んだ時点で衛星は摩擦で燃え上がり、

核爆弾はそこで爆発する。でも高度大気圏でそれが起こっても

爆風や熱線、衝撃波や放射能の殆どは地上に届かないはずよ」

「じゃあ、単なる脅しで……」

「とは言い切れないよ」

唐突に聞こえた鋭い声に二人が振り返ると、そこにはアメリカ陸軍の制服を

一部の隙なく着こなした精悍な顔の男性が立っていた。

「中々お詳しいようだが、貴方は大切なことを見逃しているええとDr……」

「ミナ・ハーカーです」

「佐々木兵衛」

男は大きくうなずいて言葉を続けた。

「私は陸軍第21特殊部隊指揮官ダガード大尉だ。

この件はこれより軍部が解決に向けて指揮をとることが決定した。

私はその責任者だ」


続く



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