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第十五話

「エミリーさん。朗読劇は終わったの?」

 翌日、集まっていた子供達が病室に帰ったのを見計らいミナは

エミリーに話しかける。

「え、ええ」

少し戸惑ったようにエミリーは頷き、じゃあ、とミナは彼女に笑いかけた。

「よかったらお昼を一緒に食べない?」

「あの、私、王先生と」

エミリーは今まで、ボランティアの時間を除くほとんどを王と行動を

共にしていた。

「陰月は今少し面倒な患者さんを診察してもらっているの。まだ大分かかるわ。

あ、自己紹介がまだだったわね。私はミナ・ハーカー、陰月の従姉妹で小児内科医、

カリフォルニアの同じ病院に勤務しているの」

「……そうですか」

切れ長の瞳の奥に浮かぶ強い猜疑心にミナは不信感を募らせる。

何をそんなに警戒しているのだろう、彼女は。

「貴方の朗読劇をずっと見せてもらっていたんだけれど、とても子供の

心をつかむのが上手いのね。感心したわ。

私は小児科医の癖に今一そういう事が苦手で

ね、もしよければその辺りのコツを少し教えてもらえないかしら」

「……」

渋る表情を浮かべるエミリーにミナはさらに畳みこんだ。

「それとも、陰月以外とお昼を食べたくない理由でもあるのかしら?」

その言葉に、ブルーの切れ長に瞳がじっとミナのアーモンド形の瞳を覗きこむ。

まるで心の奥底まで見透かそうとするようなその眼差しに、

ミナは背中に冷や汗が伝うのを感じた。

「いいわ。どこにいきましょうか」

エミリーがそう言ったのは、たっぷり五秒も経過したころだろうか。

「今の時間カフェテリアは混んでいるから、屋上に行かない?天気もいいし」

この提案に今度はすぐにエミリーは頷いた。


               ※


「はい、ポークとチキンどっちがいいかしら?」

 屋上のベンチに二人並んで腰をおろし、ミナが売店で買ったサンドイッチを差し出す。

「じゃあ、チキンを」

「ムスリム? ではないわよね。髪を隠してはいないし、

お祈りをしている様子もないから」

「ええ」

サンドイッチのビニル包装を破きながら、エミリーは頷く。

「父はイラク人でしたけど、私の国籍はアメリカですから。

教会の方がなじみ深いくらい」

「そう。エミリーさんのお父様って確か数年前のハリケーン、カトリーナで……」

「はい、亡くなりました。両親ともです。

そのお陰で私はシカゴに勉強にでてこれたんですけれど」

そう言って悲しげな表情でエミリーは俯いた。

「ああ、ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまって。

あのハリケーンは後1日政府が避難するためのバスを早く派遣すれば、

もっと大勢の人が助かったって今でも言われているわね」

「はい」

「テレビで見ただけだけど、やっと派遣されたバスに大きくI社の広告が入っていたのは

驚いたわ。余り評判のいい会社ではないとネットではいわれていたけれど、そこまでして

宣伝をしたかったのかしら」

「そうですね、バスの広告めがけて沢山の人が石を投げているのを見ました」

言ってから、エミリーはサンドイッチをかじる。

「ごめんなさい、うっかりしていたわ。それ、ポークなの」

「……!!」

声にならない悲鳴を上げて、エミリーが手に持っていたサンドイッチを

コンクリートの床に放り出し、口の中のものをその上に吐き出した。

それと彼女の顔を交互に見つめ、ミナは静かに口を開く。

「どうしてつく必要のない嘘をつくの?貴方、ムスリムなんでしょう」

「……それは」

口ごもり、顔を背けるエミリーにミナは続けた。

「それにね、ハリケーンの時に被災地に派遣されたバスにI社の広告なんて

入っていなかった。何度もニュースになったのだから、あの時本当に

アメリカにいたのならば絶対に気付く嘘よ」

エミリーの表情が一変した。今にも跳びかからんばかりの凄まじい目つきで

ミナを睨みつける。

「鬘とカラーコンタクトと濃い化粧に誤魔化され続けていたけれど、貴方の顔を

ずっとどこかで見たことがあると思っていたの。

昨日、テレビを見ていてやっと思い出したわ。

貴方のその目だけは子供のころから変わっていないのね」

「私が、貴方を人質にして屋上にたてこもるとは考えなかった?」

エミリーの問いかけにミナは首を振る。

「銃も持たずに丸腰で?ニューヨークの警察を甘く見ない方がいいわよ。

テロリストの貴方には一遍の容赦もなく、銃弾を浴びせるでしょう。

それにここは吹きっさらしでしょう

この季節にコートもなしでここに籠城すれば

あっというまに低体温症になるわよ。北風で」

「やってみなきゃ、判らないわ。

貴方を殺してここから逃げるという選択もあるのよ」

「一言も叫ばないで殺されるほどかわいい性格はしていないわ。

ここで叫べばすぐ下は駐車場。

人通りも沢山あるし、警備員も常駐している。逃げ切れるかしら?」

ぎりりとエミリーは奥歯を噛みしめる音が微かに響いた。

「五分あげるわ。とっととこの病院から出ていって」

「なんですって」

流石にエミリーが驚きの声を上げる。

「私は医者よ、警察じゃないわ。病院で逮捕劇があれば患者さん達が動揺する。

特に子供達がね、それに」

ミナは少し苦い表情でエミリーを見返した。

「陰月に、子供達に笑顔を取り戻してくれたボランティアの正体を最悪の形で

教えたくはないから。私はこれから警察に電話をしに行くわ。私の姿が消えるまで

そこで動かないでね。一歩でも動いたら大声を上げるから。あ、貴方が食べたサンドイッチは

チキンよ、それだけは安心して」

早口で一気にいいきると、ミナはそのままドアまで後じさり

素早く身を翻すと鉄製の扉の向こうに消えた。


                     ※

ミナが鉄の扉に消えるまで、その姿をずっと睨みつけていたレイラは

鉄の扉がきしみを上げながら閉まると同時に

堪え切れぬように笑いだした。まったく、

どこまで甘ちゃんなのだ。この国の人間達は。

患者を刺激したくない?王医師が自分を善良なボランティアだと信じている?

たったそれだけの理由で、自分を見逃せば

この凶悪なテロリストが感極まって自首するとでも思っているのか。

「本当に、おめでたい連中だわ」

病院の入口には金属探知機が設置されているが、

そんなものを誤魔化して銃を持ちこむ手段など

いくらでもあると言うのに。

そして、二つの切り札のうちの一つ、C-4は更衣室のロッカーの中だ。

もう一つは……

「しょうがないわね。元々保険の意味だったし」

と呟いた直後、傍らに置いたノートパソコンから聞いたことのないメロディが流れ出した。

画面を開けると、走り続けていた電車が駅に止まっている。準備が完了したのだ。

「神よ……感謝ます」

短い祈りの言葉をレイラは画面に向かって放つ。切り札はそろった。

パソコンを胸にだいてゆっくりと階段を下りる。さて、王医師はどこにいるのだろう。

彼にはとびきりの特等席でこのショーの一部始終を見学していて欲しい。

「あれ、どこに行っていたの?お昼は食べた?」

5階に下りたとたん掛けられた声に、レイラは満面の笑みを返す。

「ええ、王先生。すいません少しお時間をいただけませんか。明日から

新しい朗読劇をしたいんですけど、子供達に聞かせる前に先生に聞いて欲しくて。

新しい教材もダウンロード出来ましたし」

その言葉に、彼女の事を微塵も疑っていないらしいお人好しで善良な精神科医は

お安い御用だと頷いた。

「じゃあ、余り人目に着かない所で」

とレイラが王を導いたのは、病院の裏手、負傷者が運ばれたS教会の隣に

うち捨てられたように建っている、レンガ造りの建物だった。

この廃屋が、これから全国、いや、全世界の人々が注目する檜舞台になる。

「これは、古い精神病棟かな。よく見つけたねこんな場所」

感心したように建物の中を見まわす王の背中に、冷たく硬い銃の筒先が

突き付けられる。

「両手を頭の後ろに組んで、そのまま動かないでくださる。王先生」

「エミリー、何の冗談?」

この期に及んで王の声色は明るい。

「残念ながら冗談ではないわ、それに私はエミリーではなくてレイラ。

改めて自己紹介をさせていただくわ。イラク出身でイスラム系過激派のテロ組織

「ハマス」のメンバー。ついでにこの間の地下鉄爆破テロの主犯、でもあるわ」

「……悪夢なら、覚めて欲しいね」

その言葉に、レイラは冷たい笑みを浮かべる。

「残念ながらこれは現実よ。先生には感謝しているわ。

次のテロの最高の舞台とそれを実行するための切り札を作る時間をくれた。

だから特等席でこのショーを見ていただこうと思って。席料の代わりに

まずこれを着ていただいてよろしいかしら?」

とレイラが鉄枠だけが残ったベッドの下から、大きなかばんを引っ張り出し

その中からダウンジャケットのような物を取りだした。

「Yシャツと白衣だけじゃ寒いでしょう。もっともこれもダウンの代わりに

詰まっているのはC-4ですけどね」



続く










 



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