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第十四話

「ありがとう、子供達のあんな笑顔は初めて見た」

 背後からかけられた声に、今はエミリーと名乗るレイラは優しげな微笑を浮かべて

振り返る。心中でその主の単純さと善良さを嘲りながら。

「私なんかでも、役に立てることがあってよかったです」

はにかんだようにうつむいたレイラの視線の先には、電源を入れ、インターネットに

接続したままのノートパソコンがある。液晶画面には動物たちの乗り込んだ電車が

物悲しい音楽をBGMに走り続けていた。

「そんな事言わないでよ、俺はその、すごく君に感謝している。パソコンは

付けっぱなしで大丈夫なの?」

「王先生は本当に人をほめるのが上手、職業のせいかしら。ええ、新しい

ウエブ絵本をダウンロードしているんです。この病院でネットに接続できて

助かりました。友人宅は未だにネット環境が整っていなくて」

「そうなのか。でも、ロシア語の表示にアメリカの歌なんて面白いね

それとも何か意味でもあるのかな?」

首を傾げた王に、レイラは内心で舌打ちをする。妙な所で観察眼のある医者だ。

「さ、さあ。検索で見つけたサイトですし、ロシアも今大分この国の資本が

入り込んでいるから。開発者の趣味かもしれませんね」

「『DESPERADO』か、趣味だとしたら随分と渋いね」

「え?」

「曲の題名だよ。名曲だけど、あんまり子供向け。でもないよな」

首をかしげる王にレイラは曖昧な笑みで答え、パソコンを閉じた。

この画面だけでは、ダウンロードしている本当の内容など判るはずもないが

色々と突っ込まれても面倒だ。幸い王はレイラの仕草に何かを感じたらしく

それ以上の質問はしてこなかった。

女性に優しい男は本当にありがたい。後でたっぷり後悔することになるだろうが

それはこちらの知ったことではない。

「これから何か予定があるの?」

「いいえなにも」

首を振ったレイラの手に、王はそっと自分のそれを重ねた。

「もしよければ、今日も夕飯に付き合ってくれないかな。

子供達に笑顔を取り戻してくれた人に、せめてものお礼をしたいんだ」

「そんな、演劇学校の授業でやったことを先生のアドバイスに従って

アレンジしただけなのに」

驚き、戸惑う表情を浮かべながら、レイラは心の中で高らかに嘲笑する。

本当にこの国の男は誰もかれもがヒーロー気取りで自己中心的な優しさに

あふれているのだろう。まあいい、精々鼻の下を伸ばして短い王子様気分を

味わっていればいい。自分の正体を知った時の王の驚愕と絶望を想像すると

自然と笑みが浮かぶ。

それを誘われた嬉しさに見せかけて、レイラは頷き

「でもせっかくのお誘いですから、喜んでお付き合いさせていただきます」

と答えた。


                     ※


「美談……なんでしょうけどね」

王とエミリーが楽しげに話をしている様子を少し離れた場所で

眺めていたミナは、複雑な表情で呟いた。

王が女性全てに優しいのは昔からだし、エミリーも片親がイラク人とはいえ

この国で育ったアメリカ人だ。身分証明証も問題はなかったし

子供達の扱いも慣れているらしい。偶然の出会いが生んだ心温まる出来ごと

となのかもしれないが、ミナの中でエミリーの存在は

喉に引っかかった魚の小骨のような奇妙に不快な違和感があった。

いくら友人の元に身を寄せているとはいえ、

予期せぬ長期滞在を強いられた旅行者が

ボランティアなどする心の余裕があるだろうか。しかも王と出逢ったところは

ガイドブックによれば治安が回復してきたと報じられている

ニューヨーク市の中でも有色人種の低所得者達が固まって住んでいる、危険地域だ。

エミリーはそんな場所で何をしていたのだろう。病院に提出した書類をこっそり

見てみたが、友達の家とやらの住所はそこから大分離れた場所だった。

「それに、何処かで見たことがあるのよね」

特にあの切れ長の瞳が。しかしそれは明け方に見る夢のように酷くあやふやで

頼りない記憶でしかない。

視線の先で二人が同時に笑い声を上げる。その様子にミナは唇を強くかみしめ

そしてその痛みにじわりと胸の奥から自己嫌悪が湧きあがった。

まるでティーンの少女のような嫉妬だ。自分が佐々木を選んだようにずっと

影のように自分を支えてくれた従兄弟にも、

スティディな恋人を持つ資格があるというのに。

一つ頭を振って気持ちを切り替え、その場を立ち去ろうとした時

ミナはぽつんと廊下の椅子に腰を下ろす小さな人影を見つけた。

細い腕にしっかりと巻きつけられた包帯が痛々しい。

たしか、佐々木の受け持ちの患者でアレックス君と言ったはずだ。

「どうしたの、こんな所で。病室に帰りましょうか」

しゃがみこんで視線を合わせ、優しく話しかけたとたん

アレックスが首にしがみついてきた。

「どうしたの?」

「怖いよ」

耳元で聞こえた声は掠れ、小さな体が細かく震えている。

「なにが?あの日の事を思い出したの?」

「ううん、あの女の人」

「え?」

「あの人、ケーキの人だ。髪の色は違うけど、ケーキの人だよ」

泣きじゃくりながらいい続けるアレックスの背中を優しくたたいて

気持ちを落ち着かせながら、ミナの心の中で自分の嫉妬のせいにして無理に

押さえつけたエミリーへの疑いが再びふくれあがっていった。


続く







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