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第十三話

「ミナ、少し太ったか?」

「目ざといな。三キロ、だそうだ。

俺がメール一本よこさないから、一番手っ取り早い

ストレス解消法に奔った結果だと散々愚痴られた」

「そりゃ、不実な恋人の責任だ。勤務が終わったらきちんとエクササイズの

手助けをしてやるんだぜ、ベッドの中で。そうすればすぐに元に戻る」

「……まだ昼間だぞ!!」

顔を赤くしてそっぽを向く佐々木に、王はにやりと笑いながら言を継ぐ。

「恋人と一緒に勤務できる果報者を羨んだ皮肉の一つも受け流せないのかね、佐々木君」

「阿呆が、所で君が連れてきた女性は何者だ」

「エミリーだよ。シカゴの演劇学校の学生でテロのとばっちりを受けた。

かわいい子だろ、浮気するなよ」

「君じゃあるまいし」

呆れたようにため息をついた佐々木の視線の先には、ノートパソコンの画面を見せながら

子供達に語りかけるブロンドをショートカットにした女性の姿があった。

彼女の前にはフェルト地でできたマットの上に思い思いの格好で座る、

手や足、そして頭に包帯を巻いた子供達がいる。

「さあ、動物さん達は電車に乗ってどこに行くんだろう」

エミリーがパソコンのエンターキーを押すと、

画面が切り替わり動物達が乗り込んだ電車がゆっくりと走る映像が現れる。

それを見た子供達が一瞬身体をこわばらせるも、すぐに

「シマウマさんもいるね、象さんも。ああ、キリンさんは首が長くて

窮屈そうだね」

彼女の感情のこもった巧みな話し方と、カラフルで楽しげな映像に笑顔を取り戻し

画面にくぎ付けになる。

佐々木と王が半日の休暇を取って二日後、M病院に新しい顔ぶれが二人加わった。

「どうせ行くのなら、ぶらぶら遊んでいるよりいいと思ったの」

と言った小児内科医のミナは、事前に病院間で

連絡が取れていたので問題はなかったが、

「テロで足止めを食らっている演劇学校の学生ね……、

しかも半分とはいえイラク人か」

いくらボランティアが盛んなこの国とはいえ、

飛び込みのエミリーにM病院側は最初かなりの難色を示した。

それを押し切ったのは、王医師の強い要請とエミリーの身元の確かさだった。

病院側の提示要請に、彼女は堂々とIDと学校の学生証を提示したのだ。

念のため調べてみてもIDは本物だし、学校はきちんと存在した。

「上手い方法だな。ああやってお話の中に電車を登場させて、それに対する恐怖感を

薄れさせていくのか」

エミリーが語る話の内容に

しばらく耳を傾けていた佐々木が感心したように言った。

「君の指示か?」

「半々だな」

同じようにエミリーに視線を向けながら、王は答える。

「俺は入院している子供達があのテロのせいで電車を酷く怖がっている事と

その恐怖を克服する方法を教えた。パソコンを使った朗読劇は彼女のアイデアだよ」

「ふうん、役者よりカウンセラーの方が向いているのかもな」

「やあ、佐々木先生に王先生。どうですか子供達の様子は」

そこに笑顔でやってきたのはアスラン医師だ。

「中々いいようです。新しく入ったボランティアスタッフがいい仕事を

してくれていますから」

と王が指差した先をアスランもしばらく見つめた後、そうみたいだね。と

納得したように言った。

「わがままを聞いていただいて感謝します。アスラン先生」

「いいや、患者さん達が元気になってくれればそれが一番だよ」

アスラン医師は顔の前で手を振りながら頷く。

エミリーをボランティアスタッフの一員に加える事を

最終的に許可したのは彼だった。

「しかし、君たちの勤務している病院は本当にスタッフのレベルが高いね。

ハーカー医師はこのままこの病院に引き抜きたいくらいだ」

「じゃあ、まず佐々木を引き抜く事をお勧めしますよ。彼の行くところなら

彼女はどこまでもついていきますからね」

「ほう、ではハーカー先生は佐々木先生の恋人ですか。

中々隅に置けませんね、どうやってあんな美女を口説き落としたんですか」

「い、いや。そ、それは」

再び顔を真っ赤にしてうろたえる佐々木の白衣の裾がくい、とひかれた。

「アレックス君?」

見れば腕に包帯を巻いた少年が白衣をしっかりと握りしめて佐々木の後ろに

隠れるように立っている。

「どうしたの、君はあそこに行かないのかな?」

腰を落とし、目線を同じくして問いかける佐々木にアレックスは激しくかぶりを振った。

「まだ、彼は無理ですか」

「ええ、爆風で車外に放り出され友達の乗った車両が目の前で燃えていくのを

見ていますからね、他の子とはショックの度合いがケタ違いなのでしょう」

「そうか、まあゆっくりやって行くしかないだろうな。

しかしこれほど楽しそうな子供達の様子は初めてだ。エミリーさんだったか

彼女にボランティアに入ってもらって本当に良かった」

「ええ」

三人の医師達は笑みを取り戻した子供達の様子ばかりに

気を取られていて気付かなかった。

アレックスが佐々木の影に隠れながら怯えた表情を

パソコンの画面に写る電車ではなくエミリーに向けていた事に。


続く







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