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第十二話


 生温かい風が黒雲を運び、先ほどまで痛いほどに照りつけていた太陽を覆い隠す。

そして一瞬の間を置いて降る、というより叩きつけるような勢いで雨が降り出した。

雨具など何の役にも立たない。生温かい水はあっというまに全身を濡らし、

不快感を募らせる。

ーー後、どの位戦闘を繰り返せば帰れるのだろうかーー

火のついていないしめった煙草を咥えて、ケネスは思う。

「休暇まで、後少しだよな」

その心を読んだかのように、隣に立つ同僚が

雨水でぬれた顔に笑みを浮かべながら言った。

「ああ」

ケネスは頷く。休暇、か。湿気と暑さと死の恐怖が充満する地獄から、

青い海と空、そして辺りを警戒することなく自由に歩き回れる天国への帰還。

ほんの一時の事でしかないがそれが出来るだけ、

まだ自分たちはこの国の人たちよりましなのだ。

「私に言わせりゃあ、あんた達の国の大統領は大馬鹿ものさ」

戦場の恐怖を忘れようと、夜な夜な酒場に繰り出して狂ったように馬鹿騒ぎをする

兵士たちに、「ククル」という名の酒場の女主人はよく愚痴をこぼしていた。

「いくら力で抑えつけたってどうにもならないモノが世の中にあるってことを

ちっとも認めりゃしないんだから」

天国である青い空と海に囲まれた南の島が、かつて自分たちの国の兵士によって

焦土と化したと、ケネスが知ったのはこの店に通い始めてからのこと。

「まあ、そんな馬鹿ものが作り出す戦争の

おこぼれで生活しているヒサヨさんも、同じ穴のむじなだけどさ」

最後は必ず同じセリフで愚痴を締めくくって、ヒサヨという名の女主人は

兵士たちの目の前にありとあらゆる強い酒を混ぜた、オリジナルカクテルを置く。

ああ、俺たちは馬鹿ものだ。

腕の中の冷たく重い銃を、雨にけぶるジャングルに向け、ケネスは記憶の中の

ヒサヨに語りかける。

大西洋を越えて、泥まみれになりながらジャングルの中で戦っている。

誰が敵かも、もう曖昧だ。

ふいに、目の前の草むらががさりと不自然に揺れた。

ケネスと同僚の銃が同時にそこに向けられる。

「誰だ、出てこい」

怒鳴り声に引きずられるように、草むらの中からそろそろと顔を出したのは

まだ年端もいかない少女。

恐怖に目を見開いて、凍りついたように固まったままこちらを見つめている。

その様子から、ゲリラではなさそうだと判断したケネスが行け、

と手を振ろうとした瞬間、同僚の銃が火を噴いた。

少女の小さな体が血しぶきを上げて空中に舞い上がり、泥の中に倒れ伏す。

「何をしている」

「近づいたこいつが悪いんだ。ゲリラかもしれない」

叫び返した同僚の表情は、少女と同じように恐怖で凍りついていた。

「ばかな、まだ子供だぞ」

「判るもんか!!」

この国の兵士たちは、どんな姿をしているか判らない。

どこから襲いかかってくるかも判らない。

だから、味方以外は全て殺す。

だが、それは……。

もう一度草むらが揺れた。

泥まみれで倒れた少女の隣に、もう少し年かさの女性がかけよって

叫び声を上げる。姉妹、だろうか。

ピクリとも動かない小さな体を抱き上げて、憎悪と怒りに歪んだ顔で

こちらを睨みつける。

ああ、そんな顔をしないでくれ。

彼女にも銃を突き付けながら、ケネスは思う。

俺たちは君たちの国に平和をもたらすために来たんだ。

正義の……ために……戦っているんだ。

 軽い衝撃を感じてケネスは我に帰った。

目の前のパソコン画面がスクリーンセーバーに切り替わっている。

腕時計を見ると、日付が変わる時刻だった。どうやらうとうとしていたらしい。

あの戦争の夢を見るのは久しぶりだ、とケネスは苦笑して頭を振り、眠気を追いだした。

少し離れたディスクでは、マイクが黙々と偽造IDの使用記録を調べている。

レイラがこの国に二年近く滞在している事を考えて、偽造IDを所持している可能性が高いが、

膨大な記録を一つ一つ照らし合わせていく地味だが根気のいる作業は、

この年になると辛い。

「もう、帰ったらどうですか。日付が変わりそうですし、疲れているでしょう」

「いや、もう少し頑張るさ。眠気覚ましにコーヒーを買ってくる」

ついに俺もマイクに気を使わせるようになってしまったかと、もう一度苦笑をして

部屋をでる。たちまち体を包み込む冷気が一気に寝ぼけた頭をしゃんとさせた。

警察署とコンビニは太い幹線道路で隔てられている。

信号待ちをしていると、足元に丸まった新聞紙が絡みついてきた。拾い上げると

「放火犯逮捕」の文字が目に飛び込んでくる。

考えてみれば、この国も世界中で放火をしているようなものだ。

誰が望んでいるのかは判らない。だが、それを「正義」として行っているのだから

始末が悪い。気付くべきだったのだ。世界貿易センタービルにジャンボジェット機が

突っ込んだ時に。この国にどれだけの憎悪が向けられているかという事を。

だが、この国の人々が選んだ指導者が下した決断は「戦争」

そして、又新しい憎しみが形となってこの国に向けられた。

何処まで続くのだろう、この負の連鎖は。

信号が青になる。重い足取りで歩き始めたケネスの視界のはじを

見覚えのある顔が横切って行った。

あれは、アレックス君の話を聞きに行った時、

佐々木先生と同じ病室にいた医師ではないか。

一瞬声をかけようかと思ったが、その脇に立つ金髪の女性の姿を見て思いとどまる。

プライベートで刑事に声をかけられても迷惑なだけだろう。

遠目にも親しげに会話をしながら遠ざかって行く二人を見送りながら、

ケネスは思う。これ以上この国の若者たちに他国の人を憎ませてはならない。

憎しみの連鎖はどこかで、だれかが断ち切らねばならない。

それが出来る立場にまだ自分はいる。定年まであと半月もないが

全力を尽くしてみよう。と。



続く





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