第一話
短編として上梓した「連鎖」そして以前中編として掲載していた同名小説を
あらためて長編連載作品として書き直したものです。
正義の名のもとに行われた戦争は、何を生み出したのか。
「悪」とはなにか。
テロリスト、刑事、医師の視点から描くサスペンスです。
主要登場人物の医師二名 王と佐々木の関係をもっと知りたい方は
「糸」「砂の船」をお読みください
※ 前日投稿したものはうっかり短編のカテゴリーをチェックしてしまいました
改めて長編連載として 一話 二話をUPいたします
Desperado, why don't you come to your senses?
You been out ridin' fences for so long now
Oh, you're a hard one
I know that you got your reasons
These things that are pleasin' you
Can hurt you somehow
ラジオから流れ続ける題名も知らない曲を聞きながら
ステンレスのボウルに入った材料を入念にかき混ぜていたレイラは、
ふと戦時下の食料統制が厳しい中、どうにか最低限の材料を集めて
息子のために砂糖祭りのケーキを焼いた日の事を思い出した。
「お母さん、これ、全部食べていいの?本当に?」
何度もレイラに尋ねた後、目ばかり大きく見える痩せた顔に満面の笑みを浮かべ
息子はケーキにかぶりつき、美味しいと歓声を上げた。
息子が死んだのはその二時間後だ。全部食べていいと言ったケーキを半分残し
「お父さんを迎えに行ってくるよ。かえったら一緒に残りを食べるんだ」
と外に飛び出して、二度と帰ってこなかった。民間人には決して銃を向けないはずの
アメリカ兵に撃たれたのだと知ったのは、ずっと後の事だ。
ごめんね、イマード。
記憶の中の息子に微笑み返しながら、レイラは胸の中で謝る。
部屋いっぱいに広がる甘い香りや、手の平にベタベタとまとわりつく生地は
確かにケーキみたいだけれど、砂糖や卵の代わりにガソリンやジオクチルを入れ、
ナッツやドライフルーツの代わりに小さな鉛玉や鉄片を混ぜ込んだこれは
お菓子ではなく、凶器。
混ぜ上がったそれをオーブンに入れる代わりに、ボウルごと熱湯を満たした鍋に入れ
ガソリンを揮発させればプラスチック爆弾、通称C-4が出来上がる。
下町の安アパートでも製造可能なのに、破壊力はダイナマイトの一・五倍で、
変形も持ち運びも容易だ。
長方形に成形したそれを、レイラは繊細な縁取りの紙レースとセロファン、そして
色鮮やかな包装紙で包みこむ。リボンを巻けば、アーモンドの香りも手伝って
何処から見てもケーキだ。しかし、念には念を入れて小さなバースデーカードも添える。
そういえば、あの時の砂糖祭りは息子の五歳の誕生日だったと、
粘土で汚れた服を脱ぎながら、レイラは思った。
イマード、喜んでくれるか判らないけれど、お友達をもうすぐ沢山貴方が今いる場所に
届けてあげる。
記憶の中の息子に語りかけながら、レイラは適度に華やかな新しい服に袖を通す。
きっと他人が見れば、ケージ持参でバースデイパーティにでも向かう途中に見えるだろう。
「さあ、聖戦を始めましょう」
鏡の中の自分に呟くと、レイラはきれいにラッピングされた爆弾を持って二度と帰らぬ
アパートの扉を閉めた。
※
ニューヨークの地下鉄は駅と駅の間隔がとても短く、電車が十分で走る距離に七つの駅がある。
時間どおりに運行されることはまれだが、渋滞とは無縁の交通手段として人気があった。
時刻は午後3時。買い物や観光の乗客に加えて、遠足帰りの幼稚園の生徒たちで車内は込み合っていた。
「あれ、あの人荷物を忘れていったよ」
とその中の一人が、扉が閉まる寸前に駆け下りた女性客が座っていた
席に残された紙袋を指差す。
「ケーキかな」
「いい匂い」
たちまち沢山の子供たちが袋の中を覗き込む。
「こらこら、忘れ物を勝手にいじっちゃ駄目、次の駅で駅員さんに届けましょうね」
先生の言葉に、じゃあそれまで私が持つ、いや僕がと喧嘩が始まった。
「はいはい、じゃあ見つけたジェリーが持っていてね。つぶしちゃ駄目よ」
指名された男の子は嬉しそうに笑うと、紙袋を大事そうに抱きかかえた。
ふわりと鼻先をくすぐる甘い香りに、
そう言えば今日のおやつは何かなとジェリーが考えた時、
青白い閃光と鈍い音と共に、大事に胸に抱え込んでいた荷物は爆発し、
車両は炎と悲鳴に包まれた。
続く