エレーヌとディオン 学院図書室地下室
「なんでよ!」
私は自室で荒れまくっていた。
最後の最後でブランシェの討伐がならなかった。
あれだけ準備したのに。
討伐隊も最高の人員を配置したのに。
しかもよ。
ブランシェを助けたのがレナルド?
どういうことなの?
いや、レナルドじゃない。
裏で女神教会のシスターが指図してたのよ。
そうに決まっている。
だって、ブランシェは女神教会にいるらしい。
ああ!
画竜点睛を欠く、って難しい言葉を思い出したわ。
あってるわよね?
正直、私は前世ではあんまりお利口さんじゃなかったから自信ない。
でも、最後の最後で一番大切なことができなかった。
ブランシェの討伐。
まあいい。
99%、あの女は社会的に死んでいる。
浮かび上がれるはずがない。
私は私のできることをやっていくわ。
その一つが本日の大イベント。
学院図書室の開かずの間探索。
目的は、魔杖。
神聖魔法をバージョンアップさせ、
神聖魔法の威力を数倍に高める伝説の品とされている。
現段階では私には神聖魔法が発現していない。
それは教会の地下深くにあるとされる秘密の部屋で取得する予定だ。
そこには天界の古代文字で書かれた神聖な書物があるという。
当然、こっそり深夜に忍び込むことになる。
大聖女様になる予定の私が少しみっともないけど。
要領はレナルドの屋敷でやったのと同じ。
気配消去魔導具と鍵開けの魔導具。
この2つで開かずの間を攻略する。
気配消去魔導具は首にかけると周囲の人々から存在を感知されなくなる優れもの。
鍵開けの魔導具は、どんな複雑な錠前でも数秒で解除できる。
心配なのは、あの転生者に先回りされてないかってこと。
あのクソシスターのことよ。
おとなしい顔をしてこそこそと陰険に動き回っている。
ホント、いやらしい女。
私の邪魔をするためなら何でもしそうな性格をしている。
開かずの間の鍵はあっさりと解錠した。
子爵所有の魔道具、先祖伝来の商売道具。
子爵はシーフ系で、先祖はその名の通り泥棒だったらしい。
優秀な泥棒だったんでしょうね。
貴族になれるほどの財を築き上げたのだから。
さて、ドキドキしながら扉をあける。
誰もいないとは思うけど、それでも抜き足差し足。
チャッカマン魔道具で明かりを灯して。
すると、部屋の真ん中に見るからに豪華そうな机がある。
黒檀と思われる高級木材で作られ、金の装飾が施されている。
その上にやはり豪華そうな杖が。
魔杖だ!
全長約1m、純白の杖身に金の装飾、先端には拳大の水晶が埋め込まれている。
「ああ、なんて美しいのかしら」
私はニンマリと微笑み、手を伸ばして魔杖を掴もうとした。
「あいたっ!」
どういうこと?
魔杖を手に取れない!
『そこなる女よ。そなたはこの魔杖にふさわしい存在ではない』
え?
なんか、おかしな音声が私の頭を駆け巡ったわ。
「どういうこと?」
『おまえは魔力が低すぎて話にならない。神聖魔法を持つもののみがこの魔杖を扱える』
ああ。
この言葉は魔杖から流れ込んでくるのね?
神聖魔法を持つもののみが、って。
そんな、仕方ないじゃない。
教会の奥深くに眠っているんだから。
私は無性に腹がたった。
何よ。
たかが魔杖ごときで。
私はこの世界の大聖女になるエレーヌ様なのよ!
怒り狂った私は、周辺のものをひたすら魔杖に投げつけた。
『ガン!』
そのうちの一つが操られたように部屋の中でバウンドを繰り返し、私に向かってきた!
「痛いっ!」
なんてこと!
狂ったように動いて私のお尻にぶつかったわ!
まるで意思を持っているかのような動きだった。
ああ。
こんなとこにもいたわ。
エロバカが。
悔しくて思わずファックポーズを魔杖にしてみた。
ダメ。
ちょっと身体を動かしただけで、激痛が走る!
お尻が痛すぎる!
◇
私はそのあとの記憶がはっきりしない。
床を四つん這いになって必死に逃げ出したのは覚えている。
お陰でお尻の片一方がうっ血し倍に膨らんだ。
痛みは相変わらずだ。
肝心の回復薬では治らない。
「どこでこんな傷をこしらえたんですか。まるで呪いを受けたような感じですね」
医者に匙を投げられた。
結局、痛みが引くまで一ヶ月ほど寝込んだ。
その間、学院を欠席せざるを得なかった。
でも、大事な攻略対象たちが毎日のように見舞いに来てくれた。
かえって距離が縮まったようで結果オーライよ!
【ディオン】
クソクソクソクソクソ。
いつからおかしくなったんだ?
僕はこの世界を救うべき生まれてきた勇者。
なのに、どうして勇者の称号を剥奪されるのだ?
その前に、学院。
僕を不合格にするなんて。
この優秀な、座学も魔法も剣も人並みはずれた才能を持つ僕を不合格にするなんて。
魔法の授業では常にトップクラス、剣術の実技でも誰も及ばない腕前なのに。
しかも、辺境伯。
本当に近視眼の持ち主だ。
ほんのちょっとのミスで僕を見捨てるなんて。
少しでも人を見る目があれば絶対にそんなことしない。
僕の才能の輝きが見えないのか。
なぜだ。
理由はわかっている。
レナルド。
あの豚男が原因だ。
あの下賤な身分の男が、どうして僕の邪魔をするのだ。
どういう塩梅かしらない。
でも、先日のスタンピードのときの話。
僕は体調が悪かっただけなんだ。
それか、なんらかの不正を働いたんだろう。
勇者の僕が衆人の前で気を失い粗相をするなんて!
絶対にレナルドの陰謀に違いない。
クソ。
腹が立つ。
胸が焼けるような怒りで満ちている。
辺境伯もレナルドは真の勇者かもしれない、なんて馬鹿なことを言っている。
そんなわけあるはずがない。
なんで、この世界はバカばかりなんだ。
本当の僕を見ろ!
この素晴らしい、才能に満ち溢れた僕を!
ああ。
エレーヌ。
僕の愛しい人。
君までもレナルドの邪な企みに扇動されてしまった。
いいかい、レナルドは碌な未来が待っていない。
それは僕がよーく知っている。
決して警戒を緩めちゃダメなんだ。
それがなぜわからないんだ。
僕と一緒になれば、幸せな未来が約束されているのに。
クソ。
チクショウ。
これでは地元にも帰れない。
勇者の肩書をはずされたなんて言えやしない。
(注 勇者候補です)
親や村人たちの期待を裏切ることになる。
どうしよう。
いっそのこと、魔族の国にでも行ってやろうか。
そして、魔王をやっつけるのだ。
たった一人で魔王を倒して、世界中の人々に僕の真価を示してやる。
だって、僕は真なる勇者。
魔王を討伐することを運命付けられた存在。
それは前世からの宿命なのだ。




