公爵家へのご挨拶2
「それで、今日の改まった話というのは?」
「はい。閣下とお会いしてから半年が経ち、このように相互理解を深めることができました。そろそろ次の段階に進ませていただきたいと考えております」
「ほう」
「閣下のお話では、最近の商売が思わしくないとのこと。特に第1王子の母方の実家、バレール家に押されぎみだとか」
「ああ。最大の問題は海賊による被害だ」
「私どもで調査を進めてまいりました。予想通り、海賊の背後にはバレール家が関与しているようです」
「なに、やはりそうなのか? 確かな証拠はあるのかね?」
俺は用意していた証拠資料を提示した。
「うーむ……これらの証拠の数々も衝撃的だが、この音声録音や画像、動画という記録方法にも驚かされるね」
「はい。これも全て女神様の導きによるものです」
「黒猫様の能力には本当に驚かされるばかりだ」
「その通りです」
「転移魔法陣にも仰天したが、まだまだ驚くべき能力があるということだね」
「はは、必要に応じて順次ご紹介させていただきます。さて、当面の課題である海賊船の件ですが、遠慮なく撲滅いたしましょう」
「そう言ってもらえるのは心強いが、我が家としても最大限の警戒態勢を敷いている。それでも被害を防ぎきれないのが現状なのだ」
「閣下、当方で開発した新型舟艇をご覧いただきたい」
私は閣下を伴い、人気のない海岸へと向かった。
もちろん、あらかじめ設置しておいた転移魔法陣を使用したため、移動は一瞬だった。
◇
「これが新開発の舟艇というわけか。実に特異な形状だな。それに、帆が見当たらないが」
海岸に停泊しているのは、俺が開発したホバークラフトである。
アメリカ海軍の上陸用舟艇を参考に設計した。
全長25メートル、全幅14メートルの堂々たる船体。
最高速度は時速約74キロメートル(40ノット)。
航続距離は魔石のエネルギーが続く限り無制限。
標準装備として最新鋭の魔導バリスタを1基搭載している。
「閣下、この船は風魔法と水魔法を組み合わせた推進システムを採用しております」
「なんだって?」
「風魔法で船体を水面から浮上させ、風魔法と水魔法の組み合わせで風と水を噴射して推進力を得る仕組みです」
「魔法を動力源にする? 驚くべき発想だが、これは魔道具として作られているということか?」
「その通りです。魔石をエネルギー源として使用します」
「おお! これまでも君からは実に便利な魔道具を紹介してもらってきたが、こんな大規模な応用も可能だったとは!」
「原理的には、エアコンなどの生活魔道具と同じです。ただし、出力が比較にならないほど大きいという違いがあります」
「うむ。生活魔道具の開発も画期的だったが、これを軍事技術として応用するとなると、さらに驚くべきことだ。王国中の魔導士たちが群がってくることは間違いない」
「ええ。ですが、魔道具の内部構造は完全にブラックボックス化されており、解析は不可能です。強引に分解を試みれば、自動的に爆発する仕掛けも施してあります。また、魔力の消費効率が極めて悪いため、その仕組みを理解していなければ、維持することすら困難でしょう」
「うーむ。少々不安は残るが、一度試乗させてもらおうか」
◇
「素晴らしい! この一言に尽きる。水面から浮上して走行するため、驚くほど滑らかな乗り心地だ。しかも、この速度は馬の全力疾走に匹敵するのではないか」
「ほとんどの馬を凌駕する速度を誇ります。さらに、航続距離は魔石のエネルギーが尽きるまで続きます」
「つまり、実質的に無限大ということだな」
「その通りです」
「それに、この魔導バリスタの性能にも驚かされたよ。航行中に何度か魔物が出現したが、一瞬のうちに撃破してしまった」
「魔導バリスタには最新の敵感知魔法スキルが搭載されており、船体全体にも強力な防御結界が展開されています。火力は必要に応じて増強することも可能です。この1隻で、通常の敵艦船100隻分に相当する戦力を有していると考えられます」
「うむ。あまりの性能の高さに言葉を失うほどだ。では、これが我が家の船団の護衛を担当してくれるというわけか」
「いいえ、これを貿易船として使用しましょう。通常の速度で航行し、海賊が現れたら一網打尽にする。その後で、彼らの本拠地も完全に壊滅させます」
「船を貸与してくれるということか」
「はい。まずは3隻をご用意します。それと、輸入先との連絡には転移魔法陣を活用します」
「これでは輸送の概念が根本から変わってしまうな」
「その通りです。私の領地では既に転移魔法陣による輸送網が完成しています。その影響で、教会の輸送ビジネスは壊滅的な打撃を受けていますよ」
「なるほど。輸送業務は教会の主要な収入源の一つだったからな。それを駆逐してしまったというわけか」
「はい。その報復として何度も襲撃を受けていますが、その都度完膚なきまでに叩き潰しています。しかし、なかなか諦めてくれないのが悩みの種です。ところで、閣下の領地でも同様の転移魔法陣網を展開することは可能ですが、いかがでしょうか」
「なるほど。これほど便利な技術を提供してもらえるとなれば、我々も気を引き締めて臨まねばなるまい。その時が来たら、ぜひともお願いしたい」
「承知いたしました」
◇
海賊は予想以上に早く壊滅した。
わずか2ヶ月で主要な海賊団を全て撲滅し、その結果、公爵家の商業活動は急速に回復。
むしろ、往時の繁栄を大きく上回る成果を上げ始めた。
転移魔法陣を活用した効率的な物流システムが、その成功を支えている。
海外からの輸入品の価格を大幅に引き下げた結果、王国における海外貿易品市場を完全に支配下に置くことに成功。
3隻の最新鋭舟艇は、新たな貿易品の開拓のため、世界の海を縦横無尽に駆け巡っている。
その活動範囲は、既知の貿易圏を遥かに超えて拡大を続けている。
この成功により、王妃家の実家は大きな打撃を受けた。
彼らの主力事業であった海外貿易が完全に立ち行かなくなったのである。
高速で安全な輸送手段を持つルサージュ家の前に、従来の帆船による貿易は全く太刀打ちできない。
さらに、転移魔法陣による国内物流網の整備も着々と進んでいる。
主要都市間を結ぶ転移魔法陣が次々と設置され、人や物資の移動が劇的に効率化された。
これにより、ルサージュ領の経済的影響力は飛躍的に拡大。
王国内の物流の大半を掌握するまでになった。
この急速な発展は、必然的に様々な軋轢を生んでいる。
特に、既存の運送業者たちからの反発は強い。
しかし、圧倒的な効率性の前に、彼らの抵抗も徐々に力を失いつつある。
多くの業者が、ルサージュ家の物流網に参画することを選択し始めている。
また、この成功は単なる経済的な勝利以上の意味を持っていた。
それは、王国における力の均衡を大きく変えることになったのである。
王妃家の実家の影響力低下は、必然的に第一王子派の政治的基盤を弱体化させることになった。
一方で、ルサージュ家の台頭は、新たな政治勢力の形成につながっている。
公爵は私に向かって、感慨深げにこう語った。
「君との出会いは、まさに天啓であった。我が家は長年、旧来の貴族たちから蔑まれ続けてきた。しかし今や、誰も我々を軽んじることはできまい」
「閣下の卓越した手腕があってこその成功です」
「いや、これは全て君の力だ。我々は、ただその恩恵に与っているに過ぎない」
「過分なお言葉です。しかし、これはまだ始まりに過ぎません。今後は、さらなる技術革新を進めていく所存です」
「ほう、まだ新しい技術があるというのか?」
「はい。例えば、魔導機関を応用した陸上輸送手段の開発を計画しています。これが実現すれば、転移魔法陣の整備が難しい地域でも、高速かつ大量の輸送が可能になります」
公爵は深く頷いた。
経済的基盤を強化し、政治的影響力を拡大したことで、より大きな課題に挑戦できる立場を得たのである。
これからの展開が、ますます楽しみになってきた。




