ブランシェ、自由に感激する2
「修道院にも暗殺者が入り込んでいたというわけか。おもったより計画的で大規模だな」
「そうですな。これでは修道院に彼女をおいていけませんぞ」
もともと、レナルド様は修道院の女神教会転向の件で来ていた。
修道院は女神教会に転向することでまとまった。
報復対策として、3体の黒猫がおかれた。
なんで、猫ちゃん?
とは思ったが、彼らは女神様の使徒と呼ばれる存在だという。
なんと、レナルド様たちよりも強いらしい。
長毛で気品を感じさせる物凄く可愛らしい猫ちゃんたちだった。
私は女神教会本拠地に行くことになった。
いや、それはあまりにも迷惑をかけ過ぎだ。
私は辞退しようとしたが、相手にしてもらえなかった。
◇
「何かできることはありませんか」
女神教会本拠地で匿われた私。
当面はあてがわれた部屋に蟄居するのみ。
しかし、それでは誠に申し訳ない。
何か教会の手伝いになるようなことは。
無論、私は部屋にこもっているのがいいのはわかっている。
私が外部の目に触れるのはマズイ。
それに、私は公爵家の長女だ。
身分の高さも教会の人たちには扱いにくさを感じさせるのだろう。
だから私は行動に出た。
メイドの格好をして掃除を始めたのだ。
「公爵ご令嬢様がそんなことをなさっては」
「いいえ、私はいわば公爵家を追放された身。皆様の温情に甘えていてはいけないのです」
「だからといって、そんな」
ここで、修道院がこの世界でどういうポジションにあるのかを述べる。
王国では女性の地位は高いとは言えない。
良妻賢母が称えられ、家庭にとどまるべき、というのが王国での理想的な女性のあり方だ。
働こうとする女性はあまり良く見られない。
女性が働かざるを得ないほど貧乏なのか。
そう見られるわけだ。
『奥様』というのが高貴な身分を表すぐらいだ。
わかりやすいのが農婦だ。
農家はたいてい貧しい。
女性だろうと子どもだろうと労働に駆り出される。
王国で働く女性と言えば、畑で土にまみれた農婦を思い浮かべる。
働く女性は身分が低いと見られがちだ。
そんな中、女性でも尊敬の眼差しを送られる職業がある。
爵位のあるものは王都に行きっぱなしで領地では留守をすることが多い。
その場合、妻が夫にかわって領内の一切合切を取り仕切る。
これなど、尊敬される女性像だ。
修道院もこの世界の憧れの職業だ。
この世界には純潔信仰がある。
男性と関係を持たずに乙女のまま神に奉仕する。
これが称賛を受けるわけだ。
だから、修道女を希望する若い女性がたくさんいる。
誰でも入れるわけではない。
中心は、金持ちの子女だ。
要するに持参金がものを言うのだ。
修道院を経営するには当然金がいる。
しかし、修道女の経営力などたかが知れている。
どうするか。
信者からの寄進と修道女の持参金で生計を立てるのだ。
多額の持参金をもって修道院に入った女性ほど仕事をしない。
仕事をしないことが修道院でのステータスになる。
逆に言えば、仕事をする修道女は貧乏人だ。
修道院では地位が低く見られる。
私が女神教会にお世話になったことは即座に公爵家に報告がいった。
当然、多額の寄進がなされている。
私は悠々自適な毎日でも誰も非難しない。
しかし、それではいけない。
私は公爵家を追い出された存在。
庶民と同じなのだ。
しかも、匿われている。
命を助けてもらっているのだ。
私は率先して役にたつべきなのだ。
「ブランシェ様。では、女神教会の経営に携わってみませんか」
率先して掃除をしていたら、レナルド様がバツの悪そうな顔をしてそう提案してきた。
私はそうなることを狙った訳では無い。
ただ、私がメイド服をきて掃除する。
それは修道院的に困った事態であることは理解していた。
「あの……、できれば私にも算盤を教えて頂けませんでしょうか」
私は孤児たちがパチパチとある道具で計算するのを見て大変驚いた。
計算機なんだという。
小さな子どもたちが驚くべき計算力を示していた。
特殊な能力というほどではなく、練習すれば誰でも身につくスキルらしい。
「では、私どもの瞑想もやってみませんか」
「瞑想?」
聞き慣れない言葉だった。
この瞑想は毎日朝晩孤児たちといっしょに行われるらしい。
私は即日瞑想に参加させてもらった。
いざ、瞑想に取り組んでみると素晴らしい世界が展開した。
「ああ、なんという温かな世界」
しかも、瞑想の効果はすぐさま現れた。
「レナルド様。私には『女神の加護』なるものが発現したようです」
驚いた。
ここは女神教会というだけあって、女神様を信仰する由緒ある教会である。
でも、まさか私に女神様のご加護が得られるとは!
『女神の加護』を授かったのは、レナルド様、シスター、助手の二人、そして私で5人目だという。
大変名誉なことだ。
ただ、現状では特別なことは起こらなかった。
他の4人には神聖魔法が発現した。
しかし、私には発現しない。
そのかわり、算盤を始め、領の事務に関するスキルをどんどんと身につけていった。
算盤はすぐに2級レベルに到達した。
領の事務については執事の方が教えてくれる。
彼の知識は一ヶ月ほどで完全に吸収したと言われた。
1ヶ月後、私は実際の領事務に携わることになった。
そのうち、メイドを統べるようにもなった。
◇
「ブランシェ様、いつの間にか貴方が領の欠かせない戦力になりましたね」
レナルド様がそう褒めてくれた。
無性に嬉しかった。
確かに、私は幼い頃から努力してきた。
多くの称賛も受け取ってきた。
それでも、褒められてとても嬉しかった、というほどではなかった。
当時は大変うれしいと思っていたのだが、今となるとさほでではなかったことに気付いた。
半分以上、ひょっとしたら100%、義務感でやっていたからだ。
小さい頃からあれしなさい、こうしなさい、と言われ続きてきた。
私はその課題をこなし続けてきた。
そこに私の自律的な思いはあったのだろうか。
他人に敷かれたレールを進んできただけではなかっただろうか。
今は違う。
私は自分のポジションを獲得するのに必死だ。
そして、それは大変ワクワクするものであった。
少なくとも、私は自分の意思で物事を決めていた。
さらに私にとって嬉しかったこと。
私はワガママをしたこと。
大したことじゃない。
3時のおやつをねだってみる。
夕食のメニューを自分で決める。
私は「いい子」だった。
小さい子がするようなワガママを私は口にしたことがない。
絶えず、周りのことを考えて発言をする。
かつて私にとってワガママというのは、例えばスタンピードで後方支援を希望する、そういうことだった。
ある意味、自己犠牲。
あるいは社会的貢献。
そういう意義のあるもののために自分を通す。
だが、そんな優等生じみたワガママと今なそうとしているワガママは違う。
きっかけは、レナルド様たちの自由な雰囲気に影響されたからだ。
レナルド様は仲間たちと非常に仲がいい。
特に司令官、副司令官、スキニー様、ジャイニー様の4人とは、階級とか年齢とかを抜きにして仲がいい。
多少の敬意を示すやりとりはあるが、まるで同格の友人たちのように振る舞っている。
そんな気安い人間関係がとっても新鮮だった。
私といえば、他人はもとより家族間であってもどことなくよそよそしい関係になるのだ。
お互いに忖度なく自由に発言し合う。
とてもうらやましかった。
結局、私は籠の中の鳥だった。
私には自由がなかった。
いえ、知らず知らずのうちに私自身に不自由さを課していた。
そんな毎日から私は少しずつ私を開放していった。
その一つが例えばおやつに食べたいものをリクエストする。
そんなことから始めた。
そして、自分の感情を開放した。
嬉しければ笑い、悲しければ泣き、腹がたてば怒る。
そして、その結果は全て自分に帰結する。
私の毎日は徐々に輝くものになっていった。




