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ブランシェの活躍

 ブランシェが女神教会にやってきた。

 もともと美形率の高い女神教会。

 そこにブランシェが加わり、さらに眩しさを増した。


 教会を外から眺めると、まるで建物全体が光を放っているかのように見える。

 もちろん、それは気の所為なのだが。


「なことねーぜ。セリーヌがいるからな。昔からピッカピカだぜ!」


「ロザリーだって負けてないです」


 ジャイニーとスキニーは、それぞれ自分の推しを熱心にアピールする。

 確かに、助手の二人は可愛らしい。

 同年代の中では王国でもトップクラスの美貌の持ち主だ。


 しかし、ブランシェは彼女たちとは一線を画している。

 助手の二人には、まだ年相応の幼さが残っている。

 一方、ブランシェはすでに完成された大人の女性の雰囲気を纏っている。

 つまり、助手の二人が「美少女」と呼ばれるのに対し、

 ブランシェは「美女」と呼ぶにふさわしい。

 三人とも同じ十六歳なのにも関わらず、だ。


 この世界では十五歳で成人とされており、

 前世の日本人の二十歳よりも大人びて見える。


 その理由は主に二つある。

 一つは、顔立ちに欧米系の血が入っていること。

 もう一つは、早くから独立心が芽生えていることだ。


 特に後者の独立心の違いは、大きな差を生んでいると考えられる。

 日本でも、百年前の二十歳は現代の二十歳よりもずっと大人びて見えたものだ。


 ただし、王国ではその分早く老いが訪れ、四十代で老齢期に入る。

 その年齢ではすでに孫がいるのが一般的とされている。



 シスターとブランシェが並んで立つと、思わずため息が出てしまう。

 俺たちのような見慣れた者でさえそうなのだ。

 初めて見た人々は、目を見開いて呆然とするか、跪いて祈りを捧げるかのどちらかだろう。

 

 この二人の特徴を分析してみよう。

 共通点は、まず際立った清潔感が挙げられる。


 シスターは「麗人」と表現するのが相応しい。

 硬質な外見を持つクールビューティだ。

 ただし、中身は意外にもポンコツである。

 とはいえ、類まれなる神聖魔法の使い手であることは確かだ。


 対してブランシェは「佳人」と呼ぶべきだろうか。

 公爵令嬢としての上質な雰囲気が特徴的で、温かな光のようなオーラに包まれている。


 ブランシェの凄さは、その内側にある。

 彼女は聖魔法の使い手であり、特に回復魔法は上級レベルに達している。

 上級貴族でありながら、この域に達したのは驚くべきことだ。

 なぜなら、聖魔法の回復魔法を極めるには、解剖の実地研修が不可欠だからである。


 一般的な貴族は台所にすら立つことはない。

 料理など一切せず、

 服の着脱さえ自分では満足にできない者が多い。

 確かに、貴族の衣装は着るのが面倒な構造ではあるのだが。


 そんな環境の中で、彼女は幼少期から積極的に解剖実習に取り組んできた。

 それだけではない。

 将来の国母となるべく、厳格な教育を受けてきた。

 そして、その全てを高いレベルで習得してきたのである。


 自分に対しては非常に厳しい姿勢で臨む一方、他者に対しては深い慈愛の心を持って接する。

 まさに聖女と呼ぶにふさわしい人物だ。



 そんな彼女だが、今は女神教会でのんびりと過ごすわけにはいかない。

 得意の回復魔法すら使えない状況にある。

 なぜなら、彼女は今や逃亡者の身分。

 様々な攻撃から身を守る必要があるのだ。


 事の発端は、大勢の目撃者がいる中での婚約破棄だった。

 しかも、破棄を申し出たのは当事者である王子自身。

 これがいかに異常な事態であるか、想像に難くない。


 さらに不可解なのは、この一件に対する抗議の声が皆無なことだ。

 事態が表沙汰になっていないのである。

 通常であれば、王室でさえも国民からの非難は免れない案件だ。

 人としての道理に反する行為なのだから。

 それにも関わらず、疑問の声すら上がってこない。


 その後、公爵家は彼女の身を案じ、修道院への入院を提案した。

 彼女を守るための措置だった。


 ところが、その移動の最中に謎の部隊による襲撃を受けた。

 単なる山賊などではない。

 明らかに専門的な訓練を受けた精鋭部隊だった。


 背後で何か大きな陰謀が動いていることは明白だった。



「何か私にできることはありませんでしょうか」


 ブランシェは表立って活動することはできない。

 それでも、彼女はそうした制約に甘んじることを良しとしない。

 先日のスタンピードの際も、彼女は前線に出ようとした。

 まさに、あの時と同じ決意に満ちた表情を見せている。


「公爵ご令嬢様がそのようなことをなさってはいけません」


「いいえ、わたくしはいわば公爵家を追放された身です。皆様の温情に甘えているわけにはまいりません」


「しかし、そのような…」


 彼女はすでにメイドの衣装に着替え、掃除を始めていた。

 

 本来、彼女は修道院に入る予定だった。

 修道院は、この世界では最も憧れられる職業の一つだ。

 この王国では女性の社会的地位は必ずしも高くない。

 そんな中で、女性が尊敬の眼差しを向けられる数少ない職業なのである。

 清らかに過ごして神に奉仕する、そんな修道院の毎日が尊敬を受けるのだ。


 当然、希望者は後を絶たない。

 選考基準は、第一に資金力、第二に社会的階級である。

 一見すると浅ましく思えるかもしれない。

 しかし、修道院も現実の組織である以上、運営には資金が必要だ。

 立派な修道院の建物と、そこで生活する人々の暮らしを支えるためには相応の費用がかかる。


 決して贅沢な生活をしているわけではない。

 それでも、相当額の運営資金が必要なのは事実だ。

 修道院入りする者が持参する資金は、運営上重要な収入源となる。

 また、貴族の子女は一般的な雑務をこなすことができない。

 彼女たちは資金を提供することで、修道院内での平穏な生活を確保するのである。


 これは男性社会である教会組織でも同様の構図だ。

 かつての日本でも、多くの貴族が寺社に入っていった。

 寺社は実質的に貴族の裏組織としての一面を持っていたのである。



 ブランシェの持参金はすでに女神教会に納められている。

 さらに、公爵家への連絡により、定期的な援助金も約束されている。


 そのため、ブランシェが何もせずに過ごしたとしても、誰も文句は言わないはずだ。

 それにも関わらず、彼女は進んで雑務をこなそうとする。


「ブランシェ様。では、女神教会の経営管理の方でお力を貸していただけませんか」


 俺は彼女の才能を活かせる仕事を提案してみた。

 単純作業に彼女の時間を費やすのは、あまりにも勿体ない。

 何しろ、将来の国母としての教育を受けてきた人物なのだから。

 

「あの……できましたら私にも算盤の使い方を教えていただけないでしょうか」


 ブランシェは、孤児たちが器用に算盤を操る様子を見て、目を輝かせていた。


「では、私どもの瞑想の作法もお試しになりませんか」


「瞑想、でございますか?」



 首を傾げるブランシェに、瞑想を勧めてみる。

 

「ああ、なんと温かな世界でございましょう」


 早速、瞑想を体験した彼女の第一声がこれだ。

 瞑想の効果は即座に現れた。

 彼女の身体から神々しい光が放たれ始める。そして―


「レナルド様。私には『女神の加護』という祝福が与えられたようでございます」


 『女神の加護』―

 (小)の称号を持つ者は比較的多い。

 しかし、『女神の加護』という本来の加護を受けているのは、私とシスター、そして助手の二人だけだ。

 ブランシェは五人目の加護者となる。


 ただし、現時点では特別な力は発現していない。

 神聖魔法も使えない状態だ。


 その代わり、彼女は算盤をはじめとする領地運営に関する技能を驚くべき速さで習得していった。

 算盤の技術は短期間で2級レベルに到達。

 指導役の執事が持つ知識を、わずか一ヶ月ほどで完全に吸収してしまったようだ。


 その卓越した才能を見込んで、領地の行政実務も任せることにした。

 彼女はまたたく間にメイドたちを統括する立場にまで上り詰めた。


 ブランシェの仕事ぶりは実に見事だった。

 彼女は女神教会の経理帳簿を徹底的に見直し、無駄な支出を洗い出していった。

 その結果、年間予算の約二割もの経費削減に成功したのである。


 さらに、彼女は新たな収入源の開拓にも取り組んだ。

 女神教会で栽培している薬草を使った特製のお茶を商品化。

 これが評判を呼び、安定した収入をもたらすようになった。


 また、孤児たちの教育にも力を入れた。

 彼女は自身の受けてきた教育の経験を活かし、効率的な学習カリキュラムを組み立てた。

 今まででも孤児たちへの教育はうまく言っていたが、さらに多くの孤児たちが優秀な成績を収めるようになった。


 特筆すべきは、彼女の人心掌握術だ。

 厳しい要求をしながらも、決して高圧的な態度を取ることはない。

 常に相手の立場に立って考え、適切な助言と励ましを与える。

 その姿勢に、メイドたちは心服していった。


「ブランシェ様のおかげで、仕事が楽しくなりました」

「以前より、やりがいを感じられるようになりました」


 そんな声が、メイドたちの間で頻繁に聞かれるようになった。


 しかし、彼女の真価は危機的状況で最も発揮された。

 ある日、近隣で発生した山火事の被災者たちが、大挙して女神教会に押し寄せてきたのだ。


 ブランシェは即座に対応を開始。

 メイドたちを効率的に配置し、負傷者の治療、食事の提供、寝床の確保を手際よく進めていった。

 さらに、近隣の商人たちに協力を要請し、必要な物資を調達。

 その際の交渉力も見事なものだった。


「このような非常時こそ、互いに助け合わねばなりません。どうか、お力添えをいただけませんでしょうか」


 彼女の誠実な態度と説得力のある言葉に、商人たちも心を動かされ、破格の条件で物資を提供してくれた。


 この危機対応は、後に王都でも高く評価されることとなる。

 もっとも、その評価が届く前に、新たな事態が発生することになるのだが。


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