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エレーヌとディオン

 いったい、どういうこと?


「話はしない。俺に近づくな」


 スタンピードを解決し、祝勝会を開いた夜。

 私はとても驚いた。

 2年ぶりに見たレナルドは別人のようだった。

 ものすごい美少年に変身していた。

 勇者候補のディオンなんて目じゃないほど。

 ブロンズの髪は艶やかで、瞳は深い青。

 整った顔立ちに、引き締まった体格。

 貴族の品格と、冒険者の逞しさを兼ね備えていた。


 噂は聞いていた。

 レナルドが生まれ変わって大活躍してるって。

 話十分の一ぐらいに聞いていたんだけど。

 辺境伯閣下のレナルドへの応対が特別。

 気を使っているのがすごくよくわかる。

 まるで対等な立場の貴族のように扱っている。

 

 閣下だけじゃない。

 周囲の噂話の中心はレナルドのこと。

 魔法の腕も、剣の腕も素晴らしいらしい。

 冒険者ギルドではB級に認定されたとか。

 それも最年少記録だとか。


 伯爵代理となっているのも驚いた。

 領政をもり立て、領経済もぐんぐんと伸びているらしい。

 税収は倍増、治安は改善、民衆からの支持も厚いという。


 なんてこと。

 彼は醜いアヒルの子だったっていうの?

 いえ、それ以上よ。

 女の子もレナルドに熱い視線を送っている。

 貴族の令嬢たちが、彼の姿を追いかけている。

 

 そう思っていたら、ディオンと何やら言い争いをしている。

 ていうか、以前とは違ってディオンがふっかけているみたい。

 レナルドは迷惑そうな顔をしている。


 え?

 ディオンがうずくまった?

 何があったの?

 耳を澄ましてみると、ディオンは気絶したようだ。

 しかもお漏らししたことが伝わってきた。


 レナルドが威圧スキルとやらをかけたらしい。

 その場にいた誰もが、ディオンを哀れむような目で見ていた。


 うわ。

 最悪。

 それに威圧スキルってレベルの高い者が低い者にするもの。

 つまり、レナルドの実力がディオンを圧倒的に上回っているということ。


 このところのディオンの評判が悪い。

 剣も魔法も訓練せずに態度だけ大きくなっている。

 プライドだけは一人前なんだ。

 このままだと、勇者候補取り消し、辺境伯閣下からも見放されるんじゃないかって。

 実際、周りの貴族たちも彼を避けるようになっていた。


 でも、お漏らししたなんて。

 もう彼の名声は地の底ね。

 早いとこ損切りしとこ。

 こんな男と一緒にいては、私の評判にも関わる。


 そんなことよりも、レナルドよ。

 あれは買いだわ。

 ふふ。

 もう一回、私の虜にしてあげる。

 前はイヤイヤだったけど、今は私の横にふさわしい存在になってる。

 きっと、私との別れが悲しくて努力したのね。

 私のために、こんなに立派になったのよ。



「レナルドさまぁ♪」


 私はこのところますます強化されている蠱惑スキルで呼びかけた。

 この声色で、今まで落とせなかった男はいない。


「うわ」


 あら。

 私との再開に喜んでいるのね。

 きっと、胸がドキドキして上手く話せないのよ。


「お久しぶりですぅ」


「エレーヌか。久しぶり。あのさ、俺達疲れてるんだ。このまま下がらせてもらうよ」


 は?

 この私がすり寄ってるのよ?

 何、訳のわからないことを。

 私の蠱惑に抗うなんて、ありえない。


「ええ、少しお話しませんかぁ?」


 すると彼から信じられない言葉が。


「話はしない。俺に近づくな」


「ええ?」


 私は耳を疑った。

 私は世界一の美少女。

 誰からも両手を上げて歓迎されてきた。

 その私に?

 いえ、何か聞き間違えたのよ。

 でも、何よ、あの目。

 ゴミを見るような目で私を見た。

 まるで、虫けらを見るような冷たい目。

 

 あ、レナルドは足早に離れていく。

 きっと、疲れているのね。

 そうに決まっている。

 他に理由なんてないはず。


 あ、レナルドが足を止めた。

 私は見逃さなかった。

 レナルドが女を凝視しているところを。

 横顔から覗かせるその目は、さっきの冷たい目とは全く違う。


 あ、あの女。

 遠目でわからなかったけど。

 ブランシェだ。

 この先、私が王立高等学園で追い落とす女。

 何しににきたのよ。

 こんな場所に、あの田舎娘が。


 ブランシェもレナルドに気がついた。

 二人が会釈しあってる。

 え?

 何?

 一瞬だけど、暖かい雰囲気になったわ。 

 レナルドの目が、優しく柔らかくなっている。


 いえいえ、気の所為ね。

 でもでも、あの女。

 ブランシェ。

 私の強敵なのよ。

 彼女は油断していると大聖女に上りつめる。

 聖魔法の大家として。

 第1王子と結婚してこの王国の聖母となる。

 そんな未来は、絶対に阻止しなければ。

 

 それがなによ。

 レナルドにも秋波を送ってるわけ?

 なんていかがわしい女。

 きっちりとシメなくては。

 私の邪魔をする女は、徹底的に潰してやる。


 ◇


 屈辱的なパーティから1週間。

 私はむしゃくしゃしていた。

 レナルドに無視されたことに。

 いえ、無視されたんじゃないわ。

 レナルドの体調が悪かったのね。

 私も体調が悪かった。

 だって、私の蠱惑が効かないなんて。

 そんなの、絶対におかしいわ。


 だから、リベンジよ。

 直接レナルドの屋敷を訪れて私の虜にしてやる。

 私は世界一の美少女なんだから。

 今度こそ、彼を手に入れてみせる。



 早速、レナルドの領に向かった。

 すると、おかしな噂を聞いた。

 この領には聖女様がいると。

 彼女は神の使徒であらせられる聖女様だと。

 民衆は、まるで本物の聖女様のように崇めている。

 

 ああ、例の転生者ね。

 まがい物のブサイクな女。

 みんな、だまされてるわ。

 本当の聖女は、この私なのに。


 その証拠に、この領では私を称賛の目で見ない人が多い。

 蠱惑が効かない?

 そんなはずはないわ。

 私の蠱惑は最上級レベルに到達している。

 すれ違うだけ、ひと目みるだけ、同じ空間にいるだけで私に魅了され私を崇めるはずなのよ。

 それなのに、誰も私に見向きもしない。


 称賛の目どころじゃない。

 この目を私はよく知っている。

 モブを見る目。

 私が日本の職場で浴びせられた目。

 軽蔑と無関心が混ざったような目。


 おかしい。

 絶対、おかしい。

 私はこの世界で一番の美少女なのよ!

 私こそが、崇められるべき存在なのに!


 なんだか気分が悪くなって、レナルドには会わずに帰ったわ。

 この領には、何か邪な力が働いているに違いない。



 あ、護衛は勇者候補のディオン。

 あのパーティ会場で屈辱的な行いをしたディオン。

 ますます精彩がなくなった。

 つまんない男に成り下がったから、私も彼を捨てた。

 もう、私の引き立て役にすらならない。


 そしたらさ、土下座してすがりついてきた。

 私も仏心を出してしまったわ。

 私の根っこには仏様のような慈愛に満ちた心がある。

 今回はそれが出たのね。

 哀れな虫けらにも、慈悲を与えてあげるのが私なの。



【勇者候補ディオンサイド】


 スタンビート注意報が発令された。

 周囲の寄り子の貴族軍が辺境伯邸に集まった。

 その中にレナルドもいた。

 驚いた。

 ものすごい美男子になっていた。

 2年前の彼からは想像もできない変貌ぶり。


 なるほど、これが闇の勢力を信仰した結果か。

 エレーヌは正しかったんだな。

 あいつは邪神に魂を売り渡したに違いない。

 そうしてあの美貌を手に入れたのか。


「おまえら、いい気になるなよ」


 僕はレナルドに近づき、見事な忠告をした。

 正義の使者として、堕落した者を正さねばならない。


「勇者『候補』様、どうかしましたか?」


 ああ。

 やはり、こいつは性格が悪い。

 昔からだ。

 その皮肉めいた口調が、僕の怒りを煽る。


「む。ちょっとばかりおまえの領軍が活躍したからといって、それはおまえの功績じゃないからな」


 性格の悪さは叩き直さねばならない。

 僕は再び彼に忠告した。

 これも愛の鞭というものだ。


「おかしなことを言うな。領軍は俺の指揮の元にある。それとも何か。部下の功績を上司が誇ってはいけないとでも? それに領軍の功績を俺が取り上げたりはしていないぞ」


 口も回るようになっていた。

 昔ならここで飛びかかってくるところだが。

 弱いやつほどよく吠えるということか。

 この余裕たっぷりの態度が、僕の神経を逆なでする。


「減らず口を叩くな。そもそも、おまえなど僕の前では単なるモブ。2年前、僕に叩きのめされたのを覚えてないのか」


「あー、そういうこともあったな。でもな、男子3日あわなかったら、という言葉を知らないか? あれから2年。今や俺達の実力はひっくり返った。おまえ、自分の実力が俺達よりも随分下だって理解できんのか?」


 言うに事欠いて僕のほうが弱いだと?

 勇者として称賛を浴びる僕に対して?

 信じられん。

 なんたる無礼な男なんだ。

 こんな侮辱を受けるなんて。


「は? 何を喚いてるんだ?」


 僕はやっとのことで言葉を絞り出した。

 すると、レナルドから恐ろしい波動が送り込まれた。

 邪神の力だ。間違いない。

 

「う、な、なんだ、それは……」


 レナルドの周囲が歪んでいく。

 僕の背中が震え始める。

 力がぬけていく。

 この恐怖、この圧迫感。


「あああ」



 そのあとはよく覚えていない。

 気がついたら僕はどこかの部屋にいた。

 は?

 なんだか下半身がぬれてるぞ。

 え?

 ちょっと臭い?

 もしかして、僕は漏らしたのか?

 まさか。

 僕は勇者なんだぞ?


 信じられん。

 あの波動はレナルドの精神攻撃か?

 僕を辱めるための。

 なんて卑怯な男なんだ。

 やはりレナルドは邪神を信仰しているんだな。

 正義の僕に対して、こんな卑劣な手段を。


 だが、僕の正義の信仰がレナルドの邪神に対抗できなかったのは事実だ。

 これではいけない!

 なんとかしなくては!

 もっと信仰を深めて、邪悪な存在を打ち倒さねば!


 そうだ!

 エレーヌに助けを求めよう!

 彼女なら、きっと僕を救ってくれる!

 僕の正義の心を見抜いてくれるはず!


 僕は急いでエレーヌの元へ向かった。

 そして土下座して、すがりついた。

 エレーヌは慈悲深い女性だ。

 きっと僕を受け入れてくれる。


「エレーヌ、どうか僕を助けてほしい!」


 エレーヌ様は僕を見下ろし、しばらく考えていた。

 そして、ついに口を開いた。


「まあ、いいわ。あなたを使ってあげる」


 ああ、なんて優しい方なんだ!

 僕はエレーヌの慈悲に感動して、涙が止まらなかった。

 これで僕も再び這い上がれる。

 レナルドへの復讐も果たせる。

 エレーヌと共に、邪悪な存在を打ち倒すのだ!



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