流行り病
「流行り病だ!」
2年目の冬。
この季節になると毎年風邪のような病が流行る。
おそらく、インフルエンザに似た病気だろう。
流行り風邪は土着化している。
今年もその季節がやってきた。
「ただ、いつもよりも規模が大きそうだ」
目に見えてゴホゴホと咳をする人が目立つ。
熱の出ている人も多い。
このところ転移魔法陣や道路整備のため、人の往来が活発になっている。
そのことと無関係ではないだろう。
「それでは、かねてよりの計画に基づいて、流行り風邪注意報を発令する」
この注意報を出せば、
・手洗い
・マスクの着用
・換気推奨
・他人との接触を避ける
ことが望まれる。
マスクについては、急ピッチで生産を重ねてきた。
「坊っちゃん、このマスクってめんどくさいぜ」
「ジャイニー、ちゃんと学習したろ?
「ああ、坊っちゃんの講義でな。風邪は目に見えない微生物が体内で悪さをすることで感染するんだよな」
「そうだ。その微生物はマスクを容易にくぐり抜けるが、咳とともに体外に吐き出される微生物はツバとともにマスクで食い止められる」
いろいろとチート知識だな。
「なんだよ。オレには役に立たないじゃねえか」
「ジャイニー、だからおまえはダメなんだよ。マスクは人に迷惑を及ばさないためにするんだ。シスター達なんか、これを聞いた瞬間、感激してたぞ」
「そうですよ。今のジャイニーの言葉、シスター助手のセリーヌに伝えましょう。彼女の幻滅する顔が浮かびますね」
「ぐぬぬ。 オレだって人の役にたって嬉しいさ。当たり前だろ?」
「ただ、この4つは『映画館』でも広報してきたし、村長を呼んで講義もした。でも、実効レベルはどうかな」
現代日本でもマスコミを中心にブーイングされてたもんな。
マスコミっていうか、オールドメディアね。
なんだ、その子供だまし策はって。
もっと科学的に検査しろ、もっと検査キットを、と。
検査キットは不足している、検査機関は満杯。
で、陽性になったとしても薬がない、なんだかいろいろ変だったよね。
そもそも、鳥インフルが流行ったあとに専門家会議で決まった対策だったんだけど。
未知の病気に対抗するにはその程度しか方策がないってことだろう。
「地道に啓蒙するしかないな。とにかく、回復薬は増産していくぞ」
薬師ギルドに所属する薬師は次々と俺達陣営に参入してくれている。
だが、B級回復薬のコアの部分は俺しか作れない。
なんとか単純作業の部分を薬師たちにやってもらっている。
それでようやく日産は五百人分が可能となった。
領民に回すにはギリギリセーフといえると思う。
月産1.5万人分だからな。
それに短期間ならば製造能力は倍にできる。
A級回復薬も同様だ。
手間暇のかかる部分を薬師にまかせることにした。
以前は日産10人分程度だが、現在は最大その数倍を製造可能だ。
A級回復薬は薬師ギルドでいう上級回復薬程度の効能がある。
たいていの傷に対応できる。
また、病気については、特級回復薬以上の効能がある。
インフルが重症化しても大抵は治療できるだろう。
これらの薬で間に合わなくても、シスターの神聖魔法で治療できる。
おそらく、細菌・ウィルスによる病気は殆ど治るんじゃないか。
ただ、シスターは1人しかいない。
1日に放つことのできる魔法回数に限りがある。
新薬の研究を怠ってはならないのだが。
そして、女神様から授かった薬師マニュアルには様々な薬のレシピが書かれてある。
ところが、そこに記されてある植物や鉱物がチンプンカンプンなことが多い。
◇
「みんな、回復薬をもったな?じゃあ、各村に配布してくれ」
流行り風邪対策は第2段階に移った。
いよいよ、流行が本格的な兆しを見せ始めたのだ。
そこで、各村を担当する警備員にB級回復薬を持たせた。
軽症のうちに風邪を治療し、合わせて例の対策をしっかり指導する。
ただ、まだ転移魔法陣は全村に行き届いていない。
まだ半分程度だ。
残りは各警備員の頑張りに期待する。
要するに、走って届けてもらう。
「「「ありがとうございます!」」」
各村では最大限の感謝を示された。
現代地球でもインフルで死亡する人は多い。
ましてや、この世界の人にとっては半分死病に近い。
大きな原因は栄養不足だ。
だから、黒パンの供給も急ピッチだ。
俺の方針として、決して無料にはしない。
無料に関しては、散々嫌な目にあっている。
ただ、1瓶100ギル。
村単位で支払ってもらっている。
払えなければ、普請事業で働いてもらう。
主に道路整備にまわることになる。
100瓶分だとしても1万ギル。
たいした負担にはならない。
B級回復薬でダメならば、A級回復薬。
それでもダメならば、シスターの元へ。
◇
「ねえ、聞いた? 今年の流行り風邪のこと」
「うん、死者ゼロの話でしょ? 私の村でもすっごい評判よ。シスターと坊ちゃまの株がバク上がりしてる」
「まず、シスター。フェーブル街周辺とか女神教会門前街のあたりではシスターは聖女様として崇める人が多かったけど、これは領全体に認知されたわよね」
「まあ、まずはあのルックスだもんね。マジキレイ。羨ましいとか妬ましいとかそういう気がおきない圧倒的な美しさ」
「そうそう。あのルックスでどんな重病でも神聖魔法で治しちゃうんだもの」
「一部では聖女様じゃなくて、天の使い、天女様扱いしてる領民もいるんだって」
「あー、わかる。シスターってなんとなく、現実味がないもんね。神聖魔法とか。あの美しさとか」
「シスターも大活躍だったけど、私達的には坊ちゃまでしょ!」
「ね。まず凄いのは、転移魔法陣を領に張り巡らしたこと」
「転移魔法陣なんて、御伽話だと思ってたのに」
「転移魔法陣自体は女神教会に古くからあったなんて、そのこと自体も驚くんだけど、それを解析して量産したんだもんね」
「そっちはスキニーも活躍したって」
「父親のアレオン副司令官も鼻高々よね」
「でも、凄すぎるよね。瞬時にピューンといけちゃうんだもの」
「そうよ。そのために回復薬は量産してたっていうし。坊っちゃんたち、最近殆ど寝てないって」
「そういえば、最近見ないわね」
「研究室にこもりっきりよ」
「はあ。エロ悪ガキと呼ばれ鼻つまみものだった坊っちゃんが領民を救うために必死になってるわけよね」
「ほんとね。感動するわ」
「まったくね。それにあの回復薬、すっごく効くのよ」
「薬師ギルドの中級回復薬なみの効能があるって」
「凄いわ。薬師ギルドで買うと10万ギル。でも、坊ちゃまのA級回復薬だと3千ギル。話にならない」
「もうね、薬師ギルドで買う人なんていなくなるわね」
「そうよ。てか、薬師が続々と女神教会ギルドの門を叩いているって」
「まあ、そうなるよね。常識的に考えて」
「収まらないのは真実教会でしょ」
「うん。真実教会はただでさえ薬師ギルドの後ろにいるのに、神聖魔法でさえも置いてけぼりだもん」
「まあ、庶民レベルでは真実教会は使いづらいからいいんだけど」
「やたら寄進とか求められるし」
「高すぎるのよ。私たちではお金を用意できない」




