領の農業振興
「成人1人が1日で食べる穀物はどのくらいの重さが必要かわかるか?」
「オレ様だと、パン籠三杯くらいだな」
「ジャイニー、重さですよ。質問は。多分ですけど、八百g弱程度ですか」
「スキニー、いい線ついてるな。六百~八百g程度だと言われている。七百gとすると、1年は三百六十日。1年で食べる穀物は約二百五十kgとなる」
穀物は百gで約三百五十キロカロリー。
七百gだと約二千五百キロカロリー。
生存ギリギリの量は1日千キロカロリー。
最低でも三百gは必要。
「厳密には穀物以外の馬鈴薯とか他の食べ物もあるけどな」
「主食はほぼ穀物と馬鈴薯じゃねえか」
「うむ。ところで、1haで穀物は何キロ程度収穫できる?」
「うーん、わかんね」
「畑・生産者によりますけど、小麦なら大体は1トン弱といったところでしょうか」
「そうだ。つまり、1haの畑でだいたい成人三人分弱といったところだ」
「なるほど」
「そこから種籾の分を除かなくてはならない。種籾1から4前後の収穫があるとされるから」
「となると、成人二人分とちょっと、という感じですか」
「スキニー、そのとおりだ」
「じゃあ、家族六人ならば三ha近くは必要ですね」
「領の人口は約六万人だと言われている。ということは三万haいるといいということだな」
「でも、穀物だけの話でしょ? 税用の小麦を植える畑、あるいは野菜・果物用の畑、家畜用の草原とかが含まれていません」
「そうだ。現状はどうかというと、絶対的に畑が不足している。収穫前の閑散期、特に春窮の季節には餓死者が出る」
「うう、現実は厳しいな」
「無論、裕福な村もある。しかし、貧しい村も多い。するとどうなるか。貧しい村の人々は盗みをするわけだな」
「畑泥棒ですね。村単位で隣村とかの畑や倉庫から穀物を盗む。というか、襲いに行く」
「うむ。もちろん、犯罪だ。しかし、それをしないと飢えて死んでしまう。取り締まろうにも背後に死が迫っているから、彼らも必死で下手すると死兵となって対抗してくる」
「父ちゃんもいってたぜ。畑泥棒にはお手上げだって。事実上、黙認状態だそうだ」
「ああ。取り締まっても根本的な解決にならんしな。イタズラに死傷者を増やすだけなんだ」
「領内でもそうなのに、隣の領からの越境泥棒も多そうですね」
「それが戦争に発展するんだな」
「根本的な解決法は?」
「当たり前だけど、増産だ。じゃなくば、戦争をして人口を減らすか」
「戦争はやだぜ。増産しかないってことか」
「そうだ。だが、畑の開拓はほぼ限界に近づきつつある」
「なんでだ。荒れ地なんていくらでもあるだろ」
「ジャイニー。植物の育たないような場所を開拓しても仕方ないだろ? それに、普通は開拓そのものが大変なんだ。大木や岩石を取り除かなきゃならん。水も確保する必要もある」
「あー、そうか。ウチは坊っちゃんの開発した魔道具で簡単に土地を掘り起こしていくからな。感覚が鈍ってるぜ」
「確かに、魔道具の投入で女神教会周辺の土地はかなり整備されてきた。でもな、領全体はだだっ広いんだ。対して、魔道具の数には限界がある。一生懸命増産はしているがな」
「どうすんだよ」
「畑の開墾・開拓はなかなか広がらない。となると、質を上げていく。つまり、肥料を投入していく」
「肥料か。坊っちゃんは薬師でもあるからな」
「ああ。俺の開発した肥料でおそらく今の三倍以上には収穫量があがる」
「ほお! 一気に解決じゃねーか」
「うーん。これもな、結局量を揃えられないんだよ」
「これも問題はそこか。回復薬は量産体制が整ってきたんだろ?」
「うむ。1日の製造量は約1立方m。つまり、1万人分の薬になる。だがな、肥料は1立方mぐらいじゃ全然足りないんだ」
「難しいな」
「坊ちゃま、すると今年は間に合わないということですか」
「残念ながらそうだな。だから、穀物が不足する場合は他領から購入する。幸運なことに金塊は無限に近いからな。それにしても結局は他領を飢えさすことになりかねない。食べ物の量には上限がある。金で買いたくても物がない、ということもある。抜本的な解決にはならないが。それと無闇に他領の市場を荒らすと物価高を招く」
「少し年月をかけて人を増やすなり、生産方法を改善したりするしかないということですか」
「ああ。この領に限っては、普請事業は順調だ。貧乏で冬を越せないような領民に職を与えることができる」
「普請事業か」
普請事業とは領の公共事業のことだ。
道路・治水・清掃事業の三本が柱となっている。
「それにしても人材育成が急務か。ただ、坊っちゃんのグルスキルだと半年程度で結構な実力が身につくよな」
「うん。十歳ぐらいの子供でも役立つのが出てきている。あとは現場に放り込んで経験を積ませることだな」
「人材供給源は、孤児院、シングルマザーの子供、獣人、それから街の前向きな人たちか」
「うむ。あとは真実教会の神官だな。リクルートして転向させてる」
「村の人材育成はどうなんだ?」
「難しい。特に子供はダメだな。畑作業に駆り出されている。教育に振り向ける余裕がないんだ」
「父ちゃんが、村の警備体制を構築するって言ってたぜ」
「ああ。村はまずそこからだな」
◇
「これが武装魔道具ってやつですか」
「ワシらには魔力持ちはいませんが、大丈夫ですか」
「問題ない。この魔道具は魔力を自動的に補充していく。君たちは狙いを定め引き金を引くだけだ」
「おお」
ここはとある村の広場だ。
俺達は武装魔道具の使い方の講習をしている。
「まあ、見てろよ」『ドン!』
「おおお、的が粉々に!」
「村長、まず代表して貴方からやってもらいたい」
「は? ええと」
「いや、遠慮せずに。さあ、これをもって。そうそう。これが引き金だ。狙いを定めて。後は引き金を引くだけ」
『ドン!』
「「「おおお!」」」
「ああ、少しはずしちゃったか。まあ、慣れればすぐに当たるようになるさ。では、本日は五基もってきた。五人ずつ練習していくぞ」
攻撃用魔道具は難しくない。
前世の銃器のように強い反動もない。
注意するのは引き金を引いたときにブレることだ。
これが意外と面倒だ。
練習でクリアしていく必要がある。
「しかし、凄いですね。魔力がないのに魔法が使えるなんて」
「ああ。この魔道具の画期的な点だ。だから、君たちに契約魔法を結んでもらったんだ」
「確かに。こんな魔道具を知ったら、世界中から押し寄せてきますね」
「大変なことになるのは間違いない。あと、魔道具にはいろいろ安全策がほどこされてある。盗まれたりしても大丈夫なようにな。最悪、この魔道具が吹き飛ぶ」
「おお」
「まさかとは思うが、諸君もこの魔道具を売っぱらったりしないように。そういうのはすぐに俺達にキャッチされる。最低でも領外追放。ま、普通は処刑だな」
「おお……」
「あと、訓練が終わったら女神教会で上映している動画を見てもらう。なかなかおもしろいから楽しみにな」
「『天国と地獄』じゃないんですか?」
「ああ。新バージョンがいくつかあるんだ」
「おお、楽しみだぜ」




