とある領軍兵士の独り言
オイラはバーニー。
フェーブル領のとある村出身だ。
極貧というほどではなかった。
でも、父ちゃんが疫病で倒れてしまった。
残されたのは母ちゃんと弟、妹。
一気に生活が辛くなった。
だから、オイラは十五歳になったと同時に街へ行った。
領兵になるためだ。
オイラには幸運にも剣士のスキルが発現していた。
領兵試験にも合格。
宿舎と飯は支給される。
オイラは殆どを家に仕送りしている。
母ちゃんたちの生活も持ち直した。
ただ、兵士の毎日は楽じゃあない。
これは普段の日課だ。
夜勤の場合もある。
六時 起床日朝点呼
朝食、洗面、清掃等
七時 訓練
八時 朝礼
八時半 各種業務
一二時 昼食
一三時 各種業務
一七時 夕食
一八時 訓練
二十時 自由時間
二二時 消灯
このうち朝と夕方の訓練。
時間は長くないが、猛烈に厳しい。
領軍司令官のクレール・レポート様、
そして副司令官のセザール・アレオン様。
二人は元王立騎士団に所属していた。
剣の腕はトップクラスだったという。
オイラ達への要求も非常に高いものがある。
ある日、お館様の嫡男他2名が訓練にやってきた。
オイラたちはうんざりした。
この少年の評判は非常に悪いからだ。
ただ、オイラたちへの態度は尊大じゃなかった。
礼儀正しかった。
評判と違うぞ?
「今日は『瞑想』というものをやります。輪になって座って下さい。そして隣同士、手を繋いで下さい」
なんだ?
ゲームでもやるのか?
オイラたちは言われた通りにした。
輪には坊っちゃん達も加わっていた。
「まずは椅子に座り手のひらを脚の上において背筋を伸ばし脱力します」
これでいいのか?
「肩の力を抜いたら、指先に意識を集中させてください……そして指先の力も抜けきったら、徐々に指先が温かくなってきます……」
……おお。指先が温かくなってきたぞ。
坊っちゃんの声は穏やかで身体に染み込んでいくようだ。
非常に心地よい。
「その感覚を前腕に移してください……」
「できたら、次は上腕へ……」
「そして肩……」
十分程度だったろうか。
オイラたちは瞑想というものをやり終えた。
晩春に日向ぼっこしているような気分だった。
「ステータスをオープンしてみて下さい」
「……!」
驚いた。
スキルの欄。
『風魔法』の文字が。
「皆さん、それぞれ得意属性にちなんだ魔法が発現したと思います」
みんな、顔を合わせている。
混乱した顔だ。
もちろん、オイラも混乱している。
「これが『瞑想』の力です。そして、俺は皆さんに力を与えることができます」
「!」
なんだ、それ。
そんな話、聞いたことがない。
規格外すぎないか?
そういえば、坊っちゃんは薄く光っている。
まさか、眼の前の少年は神様の使徒か何か?
そのあと、オイラたちは秘密保持魔法契約を結んだ。
そんなの結ばなくても、このできごとを信じる人がいるとは思えない。
◇
しばらくは夕方の訓練に坊っちゃんの瞑想が加わった。
それと、司令官達の『説教』タイムも。
説教って、訓話とか講話とかいうものだ。
ためになる話をしてくれる。
これがまた身にしみるんだ。
「自問せよ」
親に孝養をつくしたか
兄弟・姉妹とは仲良くしたか
夫婦とはいつも仲よくしているか
友達とはお互いに信じあって付き合っているか
自分の言動を慎んでいるか
「奮起せよ」
隣人に愛の手をさしのべよう
勉学に励み知識を養い才能を伸ばそう
人格の向上につとめよう
人々や社会のためになる仕事に励もう
法律や規則を守り社会の秩序に従がおう
我が身を振り返り、至らなさに自然と涙が出てくる。
◇
訓練を重ねるうちに、魔力が増強してくるのを実感した。
話によると、魔力の増強には苦しい修行が必要らしい。
こんな楽なやり方で魔力が増強されるなんて聞いたことがないという。
というか、魔法の発現していない俺達に魔法スキルが発現した。
そのこと自体が非常な驚きなんだ。
で、数カ月後の話。
なんと、オイラには
『女神の加護(小)』
というのがステータスに追加された!
ああ、間違いない。
坊っちゃんは神様、それも女神様の使徒様だ。
兵士の中で授かったのはオイラだけだ。
非常に光栄だ。
周りの同僚も眩しそうにオイラを眺めている。
発現したのは能力の他に、『誠実さ』が評価されたんだと。
それも嬉しかった。
オイラには人と違う才能なんてない。
誠実でいろ、とは死んだ父ちゃんの口癖だ。
そのためにいろいろ騙されることも多い。
でも、父ちゃんの遺言のつもりでオイラは誠実であろうと心がけてきた。
オイラだけじゃなくて家族も評価された。
村の家族で働けるものには仕事が与えられた。
隠密の仕事だ。
隠密っていったって、行商人の格好をして村をまわって人の話を聞いたり、世間話するぐらいだ。
いろいろ回っていると、道路も少しずつ良くなっていくのがわかる。
『普請事業』の道路普請の成果だ。
これがどれだけ村の人々を潤わしているか。
冬場とか春窮の季節は飢え死にする人もいる。
そういう季節に現金収入の道が開かれたのだ。
村の警備団も整備されつつある。
村周辺の治安も良くなっているのも実感する。
以前ならば、村の外へ出るには危険の伴うものだった。
魔獣とか山賊とかいるんだ。
でも、そういうのはまずお目にかからない。
で、隠密の仕事なんだが、村の内情を聞くだけじゃない。
噂話を広める役目もしている。
今だと、坊っちゃんは賢者で女神教会を陰で支えていると囁きまくっている。
賢者じゃないけどな。
それ以上の存在だ。
女神様の使徒様なんだ。
それに陰で支えるというのも加減した言い方だ。
坊っちゃんは女神教会の実質的なオーナーみたいなもんだ。
坊っちゃんは本当に謙虚な人だ。
なんで醜悪な噂話が飛び交っていたんだ?
回復薬は坊っちゃんが作っている。
教会へ財政的な援助もしている。
教会支部網を作り上げているのも坊っちゃんの指揮だ。
それに、坊っちゃんはこの一年ちょっとの間で激変した。
剣・魔法の実力の向上具合が凄い。
冒険者ギルドではB級冒険者になった。
伯爵を隠遁させ、伯爵代理として領の政治を大改革している。
坊っちゃんはわずか十三歳かそこらなのに。
坊っちゃんの指導力が半端ない。
中身は大人だろうと噂している。
顔はまだ少年だけど、風格があるんだ。
坊っちゃんの前では少し緊張感が漂う。
ただ、伯爵のような理不尽な厳しさはない。
やってることは納得できることばかりだ。
あれ、どうやって考えたんだろう。
それに、気さくだしな。
いたずらっ子の面もまだ残っているし。
あと、めちゃ嬉しいのは、
この前、サインを求められたことだ。
かわいい女の子に!
俺達には領民の間にファンクラブがあるらしい。
女神教会の『映画館』のお陰だ。
映画館で放映される『天国と地獄』動画。
以前あれを見て思いっきりビビった。
あの動画のいろいろなバージョンが出ている。
その一つが『領兵の仕事ぶり』バージョンだ。
俺達の訓練風景とかが動画になる。
中でも人気のあるのが、魔物討伐動画だ。
普段、魔物との戦闘など一般人にはお目にかからない。
その戦闘風景を動画で見せてくれる。
画面で見ても大迫力だ。
なにせ、そこには真剣勝負がある。
命のやり取りがある。
自然に大声援になるのだ。
そこで特に活躍している兵士には人気が集まる。
その一人が俺ってわけだ。
へへへ。
まんざらじゃない。
生まれてからこのかた、オイラは女にもてた記憶が一切ない。
悲しいながら。
彼女もいたことがない。
それが急に春が来た。
しかもだ。
縁談も舞い込んでくるようになった。
貴族とか金持ちの商人とかからもだ。
家中あげて舞い上がっている。
だけど、坊っちゃんや司令官達は冷静だ。
「いいか、寄ってくる女や縁談の裏にはどんな思惑があるかわからん。簡単につられるんじゃないぞ」
結婚したい場合は、領軍が身元調査してくれることになった。
すると、でるわ出るわ。
貴族とか商人とかは全滅した。
ああ、実力行使したんじゃなくて、思惑があったということだ。
つまり、婚姻を結んで領に食い込もうというわけだ。
彼らと結婚するのはオイラたちの自由だ。
でも、そうなったら領兵は退職しなくてはならない。
ブルブル震えたぜ。
こんないい職場は簡単に見つかるはずがない。
それと坊っちゃんに言われた。
貴族とか商人は先行きがどうなるかわからないと。
特に商人はあまり将来性がないかもしれないと。
そうかもしれない。
領の経済は坊っちゃんの指導の元、大変革を起こしている。
そして、商人も坊っちゃんのお眼鏡にかなった人が中心となっている。
旧来の商人はあぶれ始めているんだ。
だからこそ、商人も必死かもしれない。
生き残りをかけているんだ。




