領政
【人材難】
フェーブル伯爵は隠遁した。
俺は伯爵代理となった。
伯爵位は世襲であり、生前は継承できない。
とは言うものの、俺には領政がわからない。
領の内政で主なものは
税の取り立て
村同士の紛争のような場合の仲裁
武力に関するもの
だから、執事・メイド長を解雇できない。
彼らは人間性はともかく、いろいろ知識が豊富だ。
村の政治は各村ごとが仕切る。
街も街代表のものに運営を委ねている。
税の取り立ては代官が行う。
領を八つの地域に分けてそれぞれ代官を置く。
代官は当然領主が任命する。
ところが、伯爵が計算が苦手なため、代官がやりたい放題であった。
それは館の事務を担当したメイド長・執事と同じである。
メイド長・執事は奴隷(犯罪・借金)にした。
彼らの親戚に横流しした金銭は回収した。
回収できなかった場合は、その親戚も奴隷とした。
俺は黒猫に頼んで、短期間で代官の行動も調査した。
結果、全員が中抜きをしており、証拠を突きつけて犯罪・借金奴隷に落とした。
奴隷というと、アメリカ南部の黒人奴隷を想像する人が多いかもしれない。
王国の奴隷は懲役制度みたいなものだ。
ちゃんと法律があり、結構厳格に守られている。
むしろ、飢えた人が自分から奴隷になろうとするぐらいだ。
つまり、王国の安全網の役割もしている。
セーフティネットというやつだ。
なお、執事は真面目に労働に励んだ。
だから、一年後に奴隷を解いた。
メイド長はずっと不平不満が目に現れていた。
だから、メイドより下の下働きに落とした。
まさしく『奴隷』の名にふさわしい扱いだ。
メイドたちにも殺すこと以外ならば不問と伝えてある。
本来ならば処刑されてもおかしくない。
そういう領主はたくさんいる。
俺は日本の常識に従っただけだ。
横領やメイドへのイビリでは死刑にはならない。
代官は奴隷としたあとも代官として働いてもらっている。
人材不足なんだ。
現在、孤児院の子供を中心に人材育成を図っている。
彼らの成長まちであり、多少の経験不足でも無理に配置転換していくつもりだ。
孤児たちは秘密保持魔法契約を結んでいるので安心だ。
それに、俺やシスターのグルスキルで教育すると成長が速い。
半年の学習でも、例えば算盤だと二級程度に達する子が出始めている。
もう少しすれば、俺の全盛期を越えるだろう。
魔法でも全員が魔法を扱える。
魔法が使えるのは王国民の十分の一程度。
それも貴族階級に偏っており、庶民ならばもっと少ない。
その中で全員が魔法を扱えるのは異常だ。
すでに中級魔法を伺おうか、という例も出ている。
教育内容は、魔法、剣、読み書き、算盤。
新たに簿記を追加した。
当初は家計簿程度から初めて複式簿記三級レベルまで。
二級以上は必要ない。
三級でも十分役に立つ。
というか、二級以上は俺がわからん。
必要に迫られたら研究していこう。
【転移魔法陣】
俺は各村に転移魔法陣を配置し始めている。
転移魔法陣はようやく解析が済んだ。
現在、増産体制に入っている。
解析をしたのは俺とスキニーの二人だ。
おかげでスキニーに魔導具師のスキルが芽生えた。
今は割と専属で各種魔道具を作ってもらっている。
この段階で王国でも有数の魔導具師である。
だって、他の魔導具師はレベルが低い。
特に、魔素補充魔道具はこの世界で俺達しか製造できない。
それと、領には魔鋼鉱山があり俺ががっぽり採掘したのも大きい。
普通、魔鋼は金よりも高価。
気軽に使えるものじゃない。
俺のマジックバッグには数トンにも及ぶ魔鋼が眠っている。
仮になくなったとしても、閉山中の魔鋼鉱山を再開すればいい。
さらに奥深くまで掘れば、まだ魔鋼は採掘できる。
俺の鉱脈レーダースキルがそういっているのだ。
転移魔法陣は女神教会または村長自宅隣に配置している。
秘密を知るのは村長だけだが、村民もなんとなく理解しているようだ。
俺達は領内では『賢者集団』と呼ばれ始めている。
俺が人を使って噂をばらまいているからだ。
別に大したことをしているわけじゃない。
口コミが主体である。
村のおしゃべりおばさんとかを誘導して、いわゆるインフルエンサーになってもらったりしている。
見栄のためじゃない。
少しずつ、俺達の評判を良くしようとしているのだ。
【スキニーの独り言】
やった!
転移魔法陣の解析に成功した!
「スキニー、やったぜ!」
坊ちゃまと手を取り合って喜んだ。
「スキニー、おまえの才能がなければ解析できなかったろう」
「坊ちゃま、それは言いすぎですよ」
僕は嬉しかった。
生まれて初めて坊ちゃまに役立てた。
そう実感できた初めての出来事だ。
「何、泣いてるんだ? スキニーならこれぐらいわけないだろ。なんたって、俺達の頭脳だからな!」
坊ちゃまは昔から僕を買いかぶりすぎだ。
体力面で不安のある僕を元気づけてくれたのかもしれない。
魔導師については、坊ちゃまは手取り足取り教えてくれた。
驚いたのは、プログラミング言語というやつだ。
どこからそんな知識を手に入れたのか。
「ほら、辺境伯邸の図書室で、さ」
本当なんだろうか。
僕もぜひその本を見てみたい。
何にしても、坊ちゃまの講義はレベルが高かった。
でも、僕にはすんなり吸収できた。
坊ちゃまの説明が上手なんだ。
この言語を理解してから、魔法陣言語を学習する。
びっくりするくらい簡単だった。
「さすがスキニーだな。頭の良さが俺達とはレベチだな」
違う。
頭の良さは坊ちゃまが一番だ。
ジャイニーだって、真面目にやれば僕なんて簡単に追いつける。
でも、
「スキニー、これからも頼むぜ。俺達の参謀」
坊ちゃまにそう言われた。
またもや、グッと胸が熱くなる。
【代官の独り言】
フェーブル領。
私はここで代官を十年以上勤めている。
領主はフェーブル伯爵。
巷では王国有数の魔導師として恐れられている。
しかし、私から見ると大変ちょろい。
領政がガバガバなのだ。
昔は聡明だったんだがな。
太り始めたぐらいから少しずつ劣化してる感じだ。
計算も不得意で帳簿を見せても複雑になると手に負えないようだ。
ただ、利益の額だけには執着している。
それっぽい数字を見せれば納得してあとはフリーハンドだ。
私以外にも代官は七人いる。
全員が数字についてはやりたい放題だろう。
領主はまだ若い。
まだこの旨味があと数十年は続く。
私はそうほくそ笑んでいた。
と思っていたら、領主は病気で隠遁。
嫡男が領主代理を勤めている。
は?
嫡男は十三歳ぐらいだぞ?
そんな子供に領主代理が務まるのか?
まあいいか、そんなこと。
言えるのは領主よりもチョロそうだってことだ。
なにせ、嫡男は暗愚で有名だからな。
私はさらに笑みを深めた。
さて、もうひとりぐらい愛人を囲うか。
代官部屋で私は妄想を逞しくしていた。
私はそれがすぐに大甘だったことを知る。
領主隠遁の報が告げられてから数日後。
私は領主邸に呼ばれた。
引き継ぎの挨拶か。
軽く考えて、祝の土産をもって参上した。
部屋にいたのは坊っちゃん一人だった。
「今から、おまえの犯罪を証明する」
は?
それからは坊っちゃんの怒涛の攻撃だった。
私の収支報告書、村の収支報告、それも十年分。
複式簿記なる最新の魔法?スキルで帳簿を解析。
そこから、私の中抜き額をほぼ正確に算出した。
なんと、私の家庭での収支、
そして、私の二人の愛人のことまで話が及んだ。
「別におまえのプライベートなことに口出しはしない。しかし、違法な金の流れは追求しなくちゃね」
私はあわあわするだけだった。
そして、
「処刑か奴隷か。選べ」
私の二等親以内の家族が捕縛された。
父母、子供、兄弟姉妹、祖父母、孫全員だ。
そして愛人までもが。
みんな犯罪・借金奴隷に決まった。
「心配するな。今後も代官として働いてもらう。人並み以上の収入は保障する。おまえの王立高等学院に通う子供の学費も出す。ただ、愛人はあきらめろ」
誰だ。
坊っちゃんが暗愚だと言ったやつは!
とんでもない切れ者じゃないか!
「おまえ以外は三年で開放する。おまえは最低でも五年はそのままだ。その後は働きに応じてどうするか考える」
私は否応もなかった。
家族には目も合わせられなかった。
ただ、いいこともある。
以前よりも生活水準があがった
住居は大荒野の新しい街にある。
前よりは狭い。
が、狭いながらも全員に個室がある。
リビングはむしろ広くなった。
驚くのは、数々の生活便利魔道具。
各個室に冷暖房、トイレ、清浄、灯りの魔道具。
LDKでは上記に加え、温冷水、冷蔵庫、コンロの魔道具。
しかも、魔素充填方式という極秘魔道具。
ばれたら王国中からスパイが押し寄せてくる代物だ。
ただ、魔道具はすべてブラックボックス化されてある。
暴こうとしたらプログラムは消滅、自爆するらしい。
(天の声:さらに位置特定魔法が発動)
飯が美味い。
回復薬も家族単位で一日一本程度は入手できる。
備品としても十分だ
奴隷となった家族もむしろ喜んでいる。
私の仕事場は坊っちゃんの執務室と担当する各村。
そこへはなんと転移魔法陣にてひとっとび!
転移魔法なんて伝説上の魔法だぞ!
その魔法陣が領内には張り巡らされている!
これは目が曇っていたとかいうレベルじゃない。
今話題の聖女様、女神教会の実質的なオーナー。
それが坊っちゃんだという噂も流れ始めている。
私はそれが真実だと確信し始めている。




