両親らの断罪
『御主人様。ちょっと心配事が』
「珍しいね、どうしたんだ?」
いつもはのんびり日向ぼっこしている黒猫が俺に話しかけてきた。
『フェーブル伯爵なんですが、最近、行動におかしいところがありませんか?』
「おかしいというか、台所が火の車らしいよ」
魔鋼鉱山の廃坑が最近になって響いてきている。
無駄遣いのできない母親が金切り声を上げている。
伯爵は流石に妻には弱いようだ。
いつも苦り切った顔をしている。
『御主人様、館を詳しくチェックされては』
「うーん、金関係か。多分だけどかなりのガバ具合だから間に合せの調査じゃわからんとは思うが」
『それでも、ぜひ』
黒猫の押しが強い。
流石に俺も何かありそうだと思い、父親の書斎を当たってみることにした。
驚いた。
父親、違法な奴隷ビジネスに手を出していた。
しかも、証拠が机の上にばらまかれていた。
どうやら、闇に属する組織と組んでいるようだ。
「ありがとう。色々出てきたよ」
俺は黒猫にお礼を言って、まずは父ちゃんズに相談した。
「本当ですか? それはマズイなんてもんじゃないですな」
「ええ。違法奴隷ビジネスは王国では重罪。大スキャンダルになりますぞ」
三人で話し合い、結局フィルマン辺境伯に相談した。
この地域は辺境伯を中心に結束している。
辺境伯閥ができているんだ。
俺がディオンと喧嘩したのも辺境伯邸でだった。
俺はこの時点で爵位返上も覚悟していた。
まあ、それならそれでも構わない。
伯爵は追放または投獄が濃厚だろう。
俺は1人でも生きていける。
伯爵家で働いている人たちをまとめて面倒みてもいい。
自由に動いていいのであれば、俺はもっと力を発揮できるだろう。
辺境伯との相談の結果、戦力バランスの問題で極力穏便に済ませることになった。
まあ、ありがちな結論だな。
伯爵は辺境伯閥の中では飛び抜けて武力が強い。
彼は王国有数の魔導師とされているんだ。
その抑止力は容易に穴埋めできない。
その反面、俺はもう一つの事実を知っている。
伯爵の本当の実力はかなり低いということだ。
怠惰な生活を続けたため、衰えたのである。
結局、昔の幻影にみんなが惑わされている。
早く新しい体制にしないと露頭に迷う人が大勢いる。
そんな中、新たな事件がおきた。
「お館様、大変です!」
メイドが大声で喚いている。
俺もその声のする方に行ってみる。
すると母親の部屋の前でみんなが驚愕の表情をしている。
中に入ると、メイド長、執事、そして伯爵がいた。
みんな、鏡を凝固している。
「何があったんですか」
「レナルド、これを見ろ」
伯爵が鏡を指差す。
「!」
鏡の中にいたのは、1人の女性だった。
非常に美しい女性だった。
「おまえの母親だ。十年以上前のな」
は?
俺は意味がわからなかった。
「メイドの1人が言うには、この鏡は呪われた魔導具で、妻はこの鏡に囚われたらしい」
驚いた。
この世界は比較的なんでもありの世界だ。
それでも、1人の女性を鏡の中に閉じ込め、しかもなぜか昔の姿になっている……
「この鏡はその人が最高に美しかった姿を映し出すらしい」
美しい姿。
厳密に言えば本人が最も美しいと考える姿。
母親的にはそれが十年前の姿だったわけだ。
だが。
俺はすぐにすべきことがある。
鏡の件は後回しにして
「父上、今どうしても話さなくてはいけないことがあります。どうでしょう、父上の書斎で」
「鏡の件よりも重要なのか」
「ええ」
…………
「で、話とは何だ。手短に話せ」
「では。伯爵を引退して隠遁して下さい」
「は? お前、自分の言っていることがわかっているのか?」
「父上、あなたはやりすぎました。違法な奴隷ビジネスに手をつけましたね」
「む? なぜそれを」
「証拠はこれです」
俺は黒猫に頼んで撮影した書類の数々。
「現在、奴隷ビジネスを行っている闇の組織の討伐に領軍が向かっています。おそらく、そろそろ返ってくる頃かと」
「なに? 私の命令無しで領軍を動かしたのか?」
「これには領軍指揮官の二人も同意しています」
「チッ。裏切ったのか」
「父上。辺境伯閣下にも相談済です。後がありません」
「フフ。そうか。では、俺は逃亡するとしよう。その前に、レナルド」
伯爵はそういうと手を前に出し、
「死ね。クリムゾンノート」
しかし、何も怒らなかった。
「何? クリムゾンノート!」
「父上。無理ですよ。あなたは怠惰に過ごした時間が長すぎた。最近、魔法の訓練しましたか? 衰えすぎて高度な魔法は発動しないんですよ」
「まさか……ならば、フレア!」
やはり何も発動しなかった。
「レナルド。何をしたのだ」
「キャンセリング。魔法の発動をキャンセルする俺のオリジナル魔法です。ちなみに詠唱も魔道具もなしで発動できます」
「なんだと」
「父上。貴方は私の実力がわかりますか」
「何?」
「わからないでしょう。逆に俺は父上の実力がわかります。冒険者レベル的に言えばCかDクラスでしょう」
「ふざけるな!……」
「父上は俺よりも明らかに下位者です。確かに俺の実力も上がりました。しかし、それ以上に父上の実力が衰えたのですよ」
「……」
「バインド」
「グググ!」
「拘束しました。猿ぐつわ等、身体が締め付けられて不自由でしょうが、そのまま領軍が到着するまでお待ち下さい」
◇
「坊っちゃん。奴隷売買組織は潰しましたぞ。逃げたのもいますが、黒猫様の力を借りていますのですぐに捕縛できるかと」
父ちゃんズが書斎に入ってきた。
「ご苦労さま。こちらも済んだよ」
「は。ただ、なにやら他にも騒動があるようですが」
「うん、それは後で」
「お館様。誠に残念な結果になりましたな。これ以上は容認できないので、あしからず。ただ、儂らはまだお館様への忠誠はもっております。一緒に罪滅ぼしをしましょうぞ」
「グググ」
「では、父上。このまま奴隷魔法に移行します」
「グググ!」
この世界で奴隷には二種類がある。
借金奴隷と犯罪奴隷だ。
いずれも懲役刑に該当する。
奴隷法があって奴隷の人権も保護されてある。
◇
伯爵を父ちゃんズにまかせて俺は部屋の外にでた。
「おお、坊っちゃん」
ジャイニーとスキニーが駆け寄ってきた。
今回の件では危険だということで外されていたのだ。
「見たか、あの鏡」
「いや、部屋の中に入れてもらえないんだ」
俺は二人に説明した。
「呪いの鏡?」
「そんなものが存在するんですか?」
「らしい。問題はだ。解呪の方法がわからないことだ」
「うーん。シスターはどうでしょうか」
「なるほど。いけるかもしれない」
だが、その前にもう一つやっておくことがある。
「メイド長と執事を呼んで欲しい」
◇
「坊ちゃま、何か御用でしょうか」
この二人はずっと俺には侮蔑の目を向けていた。
それは俺というかレナルドの自業自得の面があるが。
それは横においといて。
「父上は違法な犯罪行為をして、捕縛された。爵位があろうとも、犯罪を犯せばゆるされんよな?」
「はい、もちろんでございます。閣下がかような違法な取引に関わっていたなど、まるでわかりませんでした」
「本当ですわ。私はいつもそばにおりましたのに、かような行為に及ぶのを防ぐことができなくて誠に残念です」
「そうか。実は、このような書類がある。ちょっとみてもらいたい」
「「はい、なんでしょうか……」」
「わかるな。君たちの館への収支報告書だ。しかも二種類ある」
「「……」」
「二重帳簿というやつだ。まあ、そんなのを作らなくても計算の不得意な父上ではわからなかったかもしれないが」
「いえ、これはなにかの間違いで……」
「これは私のものではありません!」
「言い訳無用。バインド」
「「グググ!」」
「時間がないんでね、チャッチャッとやっていくよ。君たちは犯罪を犯したので、犯罪奴隷。そして使い込みもしたので借金奴隷でもある。今から君たちに奴隷契約魔法をかける」
「「うぐぐ!」」
拘束されつつも何か喚いていた二人。
奴隷契約魔法を掛けられて光を放ったかと思うと大人しくなった。
「さて、二人にはしっかり働いてもらう。お前らのようなクズでも、いなくなると当面は館運営が厳しくなるからな。しっかり働けよ」
何しろ、使用人だけでも100人近くいるのだ。
「「はい、レナルド様……」」
ああ、奴隷契約をしても本心は顔に出るんだな。
メイド長は怒りを隠さない。




