エレーヌ
おかしい。
絶対におかしい。
伯爵邸の地下室。
聖女セットがなかった。
伯爵領魔鋼鉱山。
秘密の部屋はあった。
宝箱もあった。
でも、魔杖はすでにとられていた。
当然、辺境伯邸図書室もダメ。
ゲームのイベントが尽く潰されている。
誰かが私の先回りをしている。
女神教会のシスター。
あいつよ。
魔杖を持っていた。
あいつが転生者なんだわ。
チクショウ。
少しばかり外見がいいからって。
私より全然劣るくせに。
だって、私はこの世界で一番の美少女。
何よ、聖女ですって?
その称号は私のものなのに。
そもそも、女神教会なんてゲームになかったはず。
ゲームについては裏の裏まで私は知っている。
ネットで情報をあさりまくったから。
ということは?
まさかと思うけど、私が転生後にアップデートで実装された?
私の敵として。
そんなことってある?
私はこのゲームの主人公のはず。
その私をさしおいて転生者が先回りする。
おかしすぎる。
しかもよ。
大荒野に花を咲かせたらしい。
ああ、またもやイベントを先回りされた。
それは私を聖女に認めさせるイベントなのよ。
本物の神聖魔法で!
だいたい、真実教会の言っている神聖魔法って嘘。
本当は聖魔法をそう偽っているだけ。
聖魔法も立派な魔法だけど、こっちは神との交信をするのよ。
この世界で神と交信ができるのは私だけ。
ということは?
あの転生者、神と交信をしたっていうこと?
ああ、あの魔杖。
あれがポイントなのよ。
あれはただの魔杖じゃない。
神器。
神々が下賜されたという設定の魔導具。
それをあの転生者が使いこなしている!
マズイ。
どんどんとイベントが進行して取り返しがつかなくなりつつある。
しかも!
あの転生者、大荒野に本拠地を立ち上げたという。
そして、転移魔法を使っているという。
転移魔法陣はスラム街にある教会においてあった。
ゆくゆくは私が手に入れる予定の魔法陣。
その教会は真実教会のフェーブル街支部。
ところがそこが女神教会になっていた。
あの泥棒猫が我が物顔でのっとっていた!
これもアップデート後の実装なの?
ダメ!
それは私のもの!
私は義憤いっぱいにしてその大荒野に向かったわ。
(天の声:もちろん、義憤ではない)
勇者候補を連れて。
こいつとは喧嘩別れした。
でも泣いて謝ってきたから仲が復活した。
なんだか、こいつもしょぼくれたわね。
最近は驕り高ぶって威張り始めている。
自分は勇者だと。
勇者候補だっていうのに。
そして、皆を救うだって?
最近は訓練も満足にしないくせに。
なんだか、理想ばっかりで中身がないって感じ。
◇
なんてこと。
フェーブル領の草原地帯からまっすぐ伸びる立派な街道。
見事に表面が固化処理されてある。
日本の舗装道路と遜色ない。
そして、一定間隔で埋められている灯り。
夜になると点灯する。
それは結界魔導具でもあるという。
こうやって魔物や強盗を排除している。
街道沿いに埋められた数多の結界魔導具。
どうやって保守維持管理をしているわけ?
でも、その魔導具に触ろうとするとより強力な結界で弾かれる。
噂ではさらに突破しようとすると悪意ある者とみなされ、どこからともなく黒猫が現れて【泥棒】の刻印が額に。
あくまで噂レベルだけど。
でも、私はよく知っている。
黒猫を。
スラムの女神教会で私は身を持って体験した。
まあ、私は馬車に乗っているから関係ないけど。
この馬車も素晴らしいわね。
前世の自動車ほどではないけど。
それでもよくバネがきいているわ。
バネは二種類ありそうだ。
車輪につけられた板バネ。
そして、座席のクッションのバネ。
「このバネは女神教会が技術公開してまさ。最近のフェーブル領での馬車はみんなこの形式でさ」
馬車の御者が解説する。
ああ。
こんなところにも前世の知識が?
きっとあの泥棒猫が知識チートをしてるのね。
「でもですね、他ではこれほどのバネを作れないのと、あくまで道路整備とセットですから。いくらいい馬車を作っても道路がガタガタではねえ」
チクショウ。
子爵領でも導入しようと思ったのに。
道路整備なんてどうやってやったの?
そもそも、敵が侵攻しやすくなるとかで道路整備は嫌がるのに。
それに、道路の果てにそびえるあの塔。
あそこまで何km離れているのだろう。
霞んでみえるんだけど。
塔だけは天空にそびえ立っている。
この世界であんなに高い塔が他にある?
◇
馬車は快適だった。
しかも、速い。
大抵の馬車は歩く速度で走る。
それ以上だとお尻が四つに割れるから。
この馬車は軽くママチャリの速度を越えてた。
私が全速力で五十mを走ったよりも速い?
まあ、私のタイムは五十m走十秒ぐらいだけど。
揺れもなく私はうとうとしてしまった。
一時間も走るといよいよ女神教会の本拠地。
「つきましたぜ」
馬車から降りると否が応でも目に入る教会本部。
この世界の建物としては確かに高さが凄い。
でも、これはフランスのなんとか教会のパクリね。
やっぱり偽物教会にふさわしいわ。
これも転生者の証拠かしら。
「なんでよ。なんで入れないの!」
「何度もご説明した通り、まず秘密保持魔法契約を結んで頂きます。それができないと入場はできません」
ああ、クソガキが生意気そうに。
私のこの世界の年齢と同じぐらいかしら。
この契約ができないのはスラム女神教会と同じ。
ああ、エレーヌ、落ち着いて。
ここで騒動を起こしたら黒猫が出てくる。
私の敵意がダメなのね。
気持ちを無にして。
ここは私のもの。
本来、私が占拠すべき場所。
あの塔のてっぺんで私がふんぞり返っている情景を想像して……
ああ、気持ちが落ち着いてきた。
本来の主人がやってきたのよ。
さあ、私を迎え入れなさい。
「あの、何度も試されても無理なものは無理なんですけど」
チキショウ。
わざわざここまで来たのに!
「エレーヌ、なんなら僕だけでも見てこようか?」
腹立つことにディオンは軽く契約を結びやがった。
なんでよ!
「もういいわ! 私、帰る!」
今に見ていなさい。
あ。
黒猫が私を睨んでいる。
え。
何匹も。
私はなんにもしてないわ。
お利口さんだから、あっち行って。
「フー!」
ああ、ここは最悪だ。
◇
クソ。
へとへとになって自領に帰ってきた。
帰りの馬車で私の古傷が悪化した。
そうよ。
魔鋼鉱山で魔物に噛まれたお尻。
あれから何本も中級回復薬を試したけど治らなかった。
しかもよ!
女神教会の回復薬を手に入れてもらったら、即効で治ったわ!
なんてこと。
でも、完全には治らなくて時々痛みが出る。
「治療に時間をかけすぎたせいですかね」
などと主治医が偉そうに。
「この回復薬でここまでの回復を見せているんですから、女神教会のシスターに治療をお願いできれば間違いなく全快すると思うのですが」
この役立たず!
それができないから、こうして苦しんでるの!
馬車ではのたうち回ったわ。
なんて乗り心地の悪い馬車なのかしら。
少しはフェーブル領の馬車を見習って!
ああ、淑女なのに私は座席に腹ばいになって我慢したわ。
お尻を突き出して。
もう二度と馬車には乗らないから!
※何度も乗ることになるのだが。
後年、女神教会馬車の技術が王国中に伝播して
かなり乗り心地がよくなる。
それでもエレーヌは分厚いクッションを携帯し
馬車に乗ることになる。
◇
エレーヌ、根性を見せなさい。
前世で御局たちにいじめられた時を思い出して。
ここから立て直しを図るわ。
ゲームでもここまで追い込まれたことはない。
でも、救済措置はある。
それは二つ。
一つは王立魔法高等学園の図書室地下倉庫。
そこに眠る第二の魔杖の上位バージョン。
ただ、これはあくまで裏技で、私は確認したことがない。
どっちにしても、私が学院に通うのは規定路線。
そこではゲーム本編といえるべきイベントだらけ。
待ってろ、逆ハーレムのイケメンたち!
もう一つは真実教会本部の大書院、その地下室。
そこには秘密の部屋があり、辺境伯邸図書室の蔵書のバージョンアップしたものと天界言語習得の最終マニュアルがあるはず。




