伯爵&鏡職人の独り言 メイド達のおしゃべり
【伯爵】
あれは去年の今頃だったか。
メイド長のルイーズが凄い剣幕で私に報告した。
息子が料理人と組んで何やら甘味をメイドに配っていると。
よく聞くと水飴なるもので子どものお菓子程度のものだった。
大したことはあるまい。
甘いのが欲しいのなら砂糖を買えばいい。
領の金を使いこんでいるのなら問題ではある。
だが、どうやら息子は魔物討伐で金を稼いでいるようだ。
少し前まで座学も剣も魔法も散々だ、との話だったが。
息子がいつの間にか魔物を討伐できるまでに成長している。
私の息子というべきか。
まあ、ルイーズにはしばらく様子を見ろと指示を出した。
それからしばらくは何もなかった。
そもそも息子に興味がないからな。
そしたら、ある日息子がやってきた。
女神教会のために大荒野を開発したいという。
ほう。
大きく出たな。
反対する理由はない。
ちょっとイライラする点もあるが。
息子は大張り切りで大荒野に向かった。
どうやら、女神教会のシスターに神聖魔法が発現したらしい。
その神聖魔法をもってあの不毛の大地を花畑に変えていると。
街ではそんな噂でもちきりになってるという。
神聖魔法など、大げさな。
真実教会が神聖魔法を独占していると言っている。
しかし、それは嘘だ。
真実教会のは聖魔法だ。
そんなことは少しものを知る人なら誰でも知っている。
神聖魔法など神話上の魔法ではないか。
神と交信をして魔力を得るなど。
シスターは聖女様であると崇める領民も多いという。
話に尾ヒレが付きすぎだ。
ただ、私は女神教会にはイライラする。
昔からそうなのだ。
あの猫の像の恐怖はいつまでも私にまとわりつく。
その女神教会の小娘と息子がつるんでいる。
我慢ならん。
息子は大荒野で成功を収め始めているという。
自分自身の開拓分に関してはちゃんと税も収めておる。
農民と同じ税をだ。
なかなか優秀である。
もっと様子を見て収穫の時が来たら刈り取ればいい。
女神教会とともに。
いざというときの保険になりそうだ。
保険を考えているのは、悪いニュースがあるからだ。
魔鋼鉱山が採掘できなくなってきたのだ。
それに伴い、魔物が湧くようになっている。
鉱山は閉鎖せざるを得ない。
一気に領経済が悪化した。
レナルドの大荒野は成果を出すにはまだ時間がかかる。
摂取するには時期尚早だ。
それにしても妻は毎日キーキーうるさい。
なんとかしなくては。
少し危ない橋ではあるが、以前から誘われていた事業に手をつけるとするか。
私は無敵の人であるから、難なく乗り越えられるだろう。
【とある鏡職人】
先代の親方は鏡が気に入られずに処刑された。
誰に?
伯爵の奥方に。
俺の見立てでは過去最高の出来だった。
それでも処刑された。
「この鏡は私の本当の姿からかけ離れている」
として。
本当の姿?
ヒントはこの言葉だ。
これは処刑前の親方の推測でもある。
おそらく、奥様は自分の過去の最高の姿を求めている。
いや、現在の姿さえも過去の最高の姿で固定されている。
どうすればいい?
俺は必死だった。
そういう鏡を作ることを厳命されたからだ。
作れなかったら、親方同様処刑だろう。
ちらりと逃亡することも考えた。
だが、必ず捕まる。
もしくは地の果てで朽ちていくか。
そんな例は山程聞いてきた。
俺には考えがある。
少し離れたところに住んでいる魔導師。
彼は特殊な魔法を知っていた。
鏡の中の自分が最高に見えるように魔法を知っていたのだ。
しかも、その魔法で鏡魔導具を作った。
彼は裏では王都でも有名な魔導師だ。
裏で、というのはその魔導具師が有名になるのを嫌ったから。
表に出てこなかったし、そうなるのを極力避けた。
さらに、その魔導具。
魔石魔導具だった。
魔石をはめ込めば魔力がなくても魔導具を使える。
そのような魔導具は王国では基礎的な初級魔法でしか達成していない。
チャッカマン・ファイアの魔導具とか。
水洗・ウォーターの魔導具とか。
そんなものでも王国では重宝され、魔導具界は大儲けをしている。
そんなところに鏡魔導具を持ち込んでみろ。
魔導具界は大パニックだ。
いや、裏では大パニックを起こしていた。
そして、その魔導具師を特定するよう暗躍していた。
引っ張り出してその技術を盗むために。
だが、それらは全て過去になった。
魔導師は技術を秘匿したまま帰らぬ人となった。
俺の師匠がその魔導具師と知り合いだった。
俺は契約魔法を結ばされて魔導具師の工房を訪ねたことがある。
でも、俺はひょんなことからその鏡魔導具を手に入れることができたのだ。
というか、ぶっちゃけ盗んできた。
契約魔法は秘密保持魔法である。
盗みをするなとは言われてないからな。
俺はさらに鏡に最高の細工を施した。
普通の鏡としても最高峰の出来具合だ。
この鏡魔導具。
下手に市場にだすわけにはいかない。
闇に売っぱろうとしても足元を見られる。
だが、ようやく活躍できそうだ。
フェーブル伯爵の奥方。
彼女になら売れる。
価格は五千万ギルだ。
これの本当の価値からすればバーゲン価格だ。
一億を軽く越えても買う人はいるだろう。
俺はビビったのだ。
やばいことをしている自覚は十分にある。
買ってくれた。
鏡を見せたら即決だった。
「初めて私の本当の姿を映す鏡に出会ったわ」
そうですか。
多分、彼女は満面の笑みをみせていたはずだ。
残念ながら、顔のパーツが脂肪で埋もれている。
奥様の戯言は軽く聞き流した。
金は即金だった。
この領は本当に儲かっているな。
重税とは聞いているが、魔鋼鉱山のお陰もあるんだろうな。
俺はすぐにこの領を飛び出す準備はできていた。
金さえあれば、どうとでもなる。
なんにしても、鏡自体がやばい。
魔導師がこの鏡を秘匿した本当の理由。
俺はその内容を師匠から聞いていた。
こうして鏡と対峙してよく理解した。
この鏡には呪いがかかっている。
俺は他国に高跳びする。
金はたんまり手に入った。
なくなっても、俺の技術ならなんとかなるだろう。
【メイド達のおしゃべり】
「奥様、最近にこやかね」
「そうなのよ、わかる?」
「だって、このところメイドを叱責することがないのよ」
「あー、なるほど。重箱の隅を探すような怒り方をする奥様がそれをしないと」
「そうそう。いいがかりのような怒り方をする奥様が怒らないと」
「でもなんで? 何かあったの? また新しい男を見つけたとか?」
「男っていうか、太鼓持ちでしょ。奥様の関係する若い男とかツバメとかは愛人じゃない。奥様をひたすら褒める係。むしろ男には触られるのも嫌みたいよ。潔癖症らしいの」
「じゃあ、なんで?」
「あのさ、奥様の部屋におかしな鏡があるの、気付いた?」
「接触厳禁っていう鏡のことでしょ。布がかけられてあって、中を見たことはないけど」
「実は私、我慢できなくなってちらりと布をとってみたのよ」
「まあ! 恐れ知らずね。それで?」
「おかしいのよ。私の若い頃の姿がそこに映っていたの」
「どういうこと?」
「わかんない」
「ちょっとまって。それどこかで聞いたことがある。自分の一番美しい時代の姿を映す鏡」
「え? そんなものがあるの?」
「半ば都市伝説の魔導具よ」
「半ば都市伝説? 実物があるわけ?」
「あるらしいけど、製作者はもうお亡くなりになっているって」
「ダメじゃん」
「でもさ、その鏡が人しれず流通しているかもしれないでしょ」
「あ、そうだね」
「ただし、その鏡にはある噂があってね。ちょっと怖い話」
「「「え、なになに?」」」
「鏡を見続けていると鏡の住人になってしまうっていう」
「「「まさか!」」」
「単なる噂よ。でも、軽い気持ちで鏡を見ないほうがいいかも」
「「「わ、わかった。絶対に見ない!」」」




